ボスニアで見た影と光

1 December  Bosnia and Herzegovina(ボスニア・ヘルツェゴビナ)のMostar(モスタル)という町へ。中学〜高校時代に見たニュースが記憶に残る、この国の今が知りたかった。

独立を巡って数々の紛争が起きた旧ユーゴスラビア共和国の中でも、第二次世界大戦以降のヨーロッパで最悪とまで言われるらしい、1993〜95年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争。旅の相棒バイクは1995年製だから、この国に平和が訪れた年に生まれた同い年だ。下の三枚の写真はWar photo s museum のもの。

美しい山と川があり、こじんまりして落ち着くモスタルは居心地良く、ボスニア人は道端の人も店員さんも、皆とても愛想良く優しく親切だった。また、泊まったHostel Golden Bridgeのオーナーや客にも恵まれた。

キリスト教区とイスラム教区を結ぶ橋(スタリ·モスト)。紛争時には破壊されたが今は再生した、まさに平和の架け橋だ。

Hostelのオーナー、ステファンは見ての通り楽しくてフレンドリーヤツだった!

そんな町だが、いまだに銃弾の穴があいた建物や廃墟もたくさん見かけた。

かつてスナイパーたちが狙撃基地として使っていたというビルに、壁をよじ登って侵入し、街を眺めてみた。

その爪跡が、決して遠くはない近い過去の出来事だったのだと思わせる。壮絶な悲劇の記憶が漂う町に生き、争うことの不徳を心底知っているボスニアの人々。その優しさがどこから来ているのか、少しわかったような気がした。

NAVIGATION MAPについて

ここまでの14ヵ国約22,000km、どうやって道を調べて進んできたか。

ズバリ言うわよ、、!

普通にスマホのMAPアプリでーす!!

ただし、自分なりの旅のこだわり・楽しみ方として、ナビ機能は使わないようにしている。つまり、ハンドルなど常に見える位置に地図アプリを開いたスマホをセットして、ルートガイドを見ながらその指示通りに進むことはしないようにしている。せっかく思いっきり自由気ままに走っていい旅に出たのだから、ナビをフォローすることすら縛りや制約に感じるからだ。また、走っている時間こそが俺の旅の時間なんだから、その景色をたとえ一秒でも長く見たいのだ。機械の画面ではなくて。

したがって、スマホの地図情報を頭にインプットし、そのイメージと目の前に登場する現実を比較して、太陽の位置などの自然情報も使いながら進んでいく。わからなくなったら安全な場所に停まって地図を確認する。やはり時には道を間違えてしまうが、自分はそれが旅っちゅうもんよー!と思っている。この、「停まって確認する」と「道を間違えたらやり直す」はナビを使えばやらなくて済むが、考え方は人それぞれ。順風満帆にミス無く目的地へ一直線よりも、さぁ行けるかな!?という気持ちで道中を楽しみたいのだ。タイムトライアルではなく、ましてや約束の時間や場所すら持たないから可能で、贅沢な時間の使い方かもしれない。

アプリはお約束の Google Map ではなく、ほぼ MAPS.ME ばかりを使っている。理由として、

①MAPS.ME の地図の方が自分には見やすい

*Google Map ↓

*MAPS.ME ↓

②オフラインデータのダウンロードが簡単

オフライン(ネットに接続できない環境)で詳細な地図を見るには、あらかじめ対象エリアのMAPデータをスマホ内にダウンロードする必要があるが、エリアをいちいち手動で切り取る Google Map に対して、MAPS.ME はあらかじめエリア分けされているので手間いらず&切り取り漏れが起きない。

(ちなみに念のため、GPSはネット通信ではなくGPS独自の通信のため、ネットにつながっていなくても使え、通信料もかかりません)

*Google Map ↓

*MAPS.ME ↓

ただし、MAPS.MEの情報はたまに間違っている時があり(特にお店関係で潰れてたり変わってたりする)、地図の信頼性からいえばGoogle Mapの方が上だから使い分けも必要。

最初はよりアドベンチャー気分を味わうべく、GARMINの etrex をメインで使おうかと思っていたが、地図の見やすさと操作性でスマホの方が勝り、GARMINはスマホが壊れた時用の補欠君となっている。

*GARMIN etrex ↓

(MAPS.ME、Google Mapと同じ場所を表示している)

その他、いちおうアナログの地図としてMICHELINロードマップのヨーロッパ版とアフリカ版を持つ。

500mlビール瓶との比較、デカいんですよ〜。実用性はデジタルにはかなわないが眺める楽しさはこっちの方が上、なんとなく温かみも感じる。書き込みや汚れも含めて世界でただ一つ俺だけの地図となり、地図本来の役割を越えた存在価値を持つ大切なアイテムだ。

お前たちよ、これからもよろしくー!

17-22 November in Greece

トルコ⇆ギリシャのボーダーでは、双方とも面倒な質問や荷物チェックなど一切なく、速攻でパスポートにスタンプをくれた。ここがアジアとヨーロッパ間の一つの関所だと勝手に思っていたので、意外だった。ただし、ヨーロッパ内を走るには『Green Card』なる自賠責保険(人身事故の時に被害者を守るための保険)に入らなければならず、ギリシャ入国時にそれを買う。ここでは1ヶ月間有効で100ユーロのものしか選択肢は無く、途中で切れてしまうので後々どこか保険会社を探してで再加入せねば。

ギリシャのターゲットはアテネのみに絞り、ハイライトのパルテノン神殿@アクロポリスの丘と、オリンピックの聖地へ行った。

パルテノン神殿があるアクロポリスでは、神の存在について意識させられた。

それまでスッキリと晴れていたはずの空が、登っていくにつれて風が強くなり、丘の上では様々な色の雲に囲まれて虹も見たせいもある。

怒る人もいるだろうが、信仰心は人それぞれなので。俺は神の存在を信じていない。神が人をつくったんじゃなくて、人が神をつくったと思っている。でも、完全なる唯物論者や科学主義者でもない。神でも他のものでも、何かを強く信じる人の心がつくり出す、物の理を超えた大きなパワーはあると信じている。真実や答えに執着せずこれぐらいのゆるさで、”どっちもアリ”みたいなあんばいが自分にはちょうどシックリくるのだ。

続いて、パルテノン神殿からオリンピックスタジアムの間にあるゼウス神殿。もともとパルテノン神殿よりも大きかったが、柱や乗っかってた部分がゴート族によって壊されて今はこんな感じ。

これは敷地のすぐ横にある門

そして〜!なんと紀元前6世紀に陸上トラックが造られた(総大理石の観客席は紀元後144年に追加で建造)、競技場の聖地Panathenaic studium。スポーツ大好きな俺には正直こっちの方が行けて感動したー!!

観客席の下からミュージムの中へ。

各大会のポスターとトーチ(昔はない)が見れる。近代オリンピック第一回1896年大会のポスター

こちらは1900年の第二回大会

年代と国によるデザインの違いがおもしろい。

そしてこの日この聖地にて、一人のアスリートによる偉大なる世界記録が生まれるはずだったが、誰もタイムを計ってかった、むしろ観てもなかったので生まれなかった〜、、!

ギリシャを出たあとは、美しいエーゲ海沿いを走った。いつかまた来れたら、今度はのんびり島巡りでもしたいな〜。

ブログのサブタイトルについて

Every day is a good day to be alive , whether the sun’s shining or not.

〜日々是好日(ひびこれこうじつ)〜

 

「毎日ゴキゲンだぜ!!!」みたいな。

これは、自分の日々の心掛けであり、またこう在りたいと願う理想です。

 

単純な楽観主義や、ボジティブシンキングとは違う。

むしろ、生きている以上苦しみや困難に直面するのは当たり前で、それらを受け止め、乗り越える覚悟として。

人生の中で起こるあらゆる出来事、それ “そのもの”にはいい事も悪い事も無くて、

直面した自分がどのように意味付けるか?心を動かすか?によって、決まる。

身の周りに広がる世界は、自分自身の在り方によって、いくらでも姿を変える。

「他人は自分の鏡」という言葉は、本当にすごい。

 

雨に打たれようが、心の中はスカッ晴れで!