Going to off road with Big one

5年間乗ってきた、YAMAHAスーパーテネレで初めて本格的な林道走行をした。

いわゆるアドベンチャーバイクと呼ばれるこのジャンルの1200ccクラスの中でも、

260kgという最重量級で最大級の巨漢で、最長のホイールべースだけど、

最近ようやく「オフも走れそうだ!」と操れる気になってきたので、

大人数の林道ツーリングの機にチャレンジしてみた。

結果、今回走ったガレ気味のダート程度では一回だけ地形を見誤って転倒したものの、

余裕を持ってコントロールできて、自信がついた!

最近よく難しい場所を走っていたので、やっぱ平和な林道ツーリングっていいな〜!これで充分楽しいな!と。

そして、ようやくビッグオフでオフロードを走る度量と気合いができてきたのが嬉しい。

これからアタックツーリングやレースなど苦戦が予想される場合はShercoに乗り、

そうでない時はテネレでオフに挑み、上手くなれるように精進しようかなと思ったりしてます。

Keep on Rolling.

WORKS

新型コロナウイルスの関係で海外渡航が止まり、道祖神の仕事がストップしてから一年あまり。

こんなに長引くとは。完全に人災だと思っている。

現在は、休業手当をもらっている道祖神の国内ツアーをリモートで作り、ツアー催行人数が集まったら添乗し、

火水金は世田谷の旧車屋タイムトンネルで働き、

土日は相模原のTouratech JAPANで働いている。

【道祖神スノーバイクツアー】

普通のサイズのバイクはお客さん分のみしか台数がなかったので、金本はミニバイクで奮闘!

【タイムトンネル】

【ツアラテック】

本来の業務はバイク用品の販売だが、この店のスタッフとお客さんはとにかくオフロードが上手で、

朝練に混ぜてもらってオフロードスキルを修行中。

ボコボコになりながら、お金で買えない貴重な経験をさせて頂いている。

その合間で、千葉にガレージを建てている。

基礎を埋める穴掘りからスタートして、屋根もあとちょっとで完成というところまで進んだ。

DIY雑誌『ドゥーパ!』5月号ガレージ特集に登場しますので、お楽しみに!原稿は自分が書きました。

道志村のクレソンファームは、経営者夫婦がとても親切でお世話になったからできれば続けたかったけれど、

いろいろとやりすぎてオーバーワーク気味だったので申し訳ないけどストップした。

でも興味はあるから、行けるタイミングで手伝いたいし、状況が変わればまた働くことになるかもしれない。

最近、足元が固まっていない仕事と生活にちょっと疲れ気味&消化不良気味だけど、

まぁなんとか元気にやってます。

そしてふと、運動量をアップしよう!と決めたこの頃です。

ビルドアップとランニングがんばります!!

Keep on Rolling.

Making the Garege Roof and Spring has come

昨日の森は、一気に春の気配を感じた。頻繁に聴こえるウグイスの声がたまらない。

補強を追加しないと雪とか降り積もったら屋根が潰れそう、とわかり、屋根基礎のトラスの接続部分を合板で留め、さらに木材も一本加えた。

そして、屋根張りに進む。垂木に細かいピッチで野地板を打ち付ける。

屋根が乗ると内部空間がよりリアルになり、改めてデカイ!!!と感じる。

来週木曜の作業日でルーフィングと屋根材を付けるまでなんとか進んで、3月中の屋根完成目指します!

3.11

6年ぶりに被災地に行ってきました。

最近死んでしまった知人のお坊さんの写真と共に。

震災以来、犠牲者の供養に人生を捧げていた方で、生きていたら今年もこの日絶対に被災地に行っていただろう。だから代わり連れて行ってあげたかった。もちろん自分も久々に行きたかった。

3月10日に宮城県石巻市に入り、就労支援のNPOを運営している知人と会って、11日に行きたい場所を巡った。

▶︎石巻市立大川小学校

震災遺構となり周辺が整備され、建物やグランドには近づけなくなっていた。しばらくすると新北上大橋の麓に集結していた僧侶と遺族たちがお経をあげ始めたので、故人のお坊さんにも参加してもらった。

( ↓ 6年前に訪れた大川小はこんな感じでした)

▶︎さんさん商店街 → 南三陸旧防災対策庁舎

綺麗で立派になって、仮設商店街感はなくなっていたのが嬉しかった。防災対策庁舎のある公園と橋でつながり徒歩で行き来できるようになっていた。

橋を渡る。

かつては更地にポツンとあった防災対策庁舎は、かさ上げされた公園の中のモニュメントに。

( ↓ 6年前はこんな感じでした。建物の後ろにかさ上げ工事の土台が作られ始めていた)

再び今の防災対策庁舎。再塗装されて少し小綺麗になったように感じたが、間近で見れるねじ曲がった鉄骨が凄まじさを鮮明に物語る。

↑ すぐ近くの海側にある高野会館も残されていた。

▶︎五十鈴神社(いすずじんじゃ)

・・・南三陸町戸倉に暮らす知人一家と再会し、経営しているレストランでランチを食べて話を聞いた。

震災時刻の14時46分をどこで迎えようかと思っていたところ、一家に誘われて五十鈴神社へ。当時小学生だった子供たち3人が学校からここへ避難し、一夜を明かして命拾いした場所だった。

境遇を共にした人達が集まり、久々の再会を喜んでいた。

みなさんと一緒に一分間のサイレンを聞きながら、海に向かい黙祷をすることができた。

その後一人で何とも穏やかで平和なこの日の海に行き、改めて故人のお坊さんを偲ぶ。

その後福島県南相馬市へ移動し知人宅に泊まり、翌日6号線を下道で南下しながら原発被害の最深部である浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町 の現状を車窓で見ながら帰った。  脇道には入っていないが、ゴーストタウン状態は依然変わっていない。

帰りがてら寄った南相馬だったが、知人には思いっきり生き方に喝を入れられ、気合い入れてもらった。正直最近、この先どう進もうかけっこう悩んでいたのだが、そのヒントがもらえた。

やはり旅の醍醐味は、道草や想定外の出来事やハプニングにこそある。

願わくばそんなことが起きてほしいな、とは思っていたが、きっと導いてくれたのだろう。

ありがとう。

生きている以上、浮き沈み続けるのだ。

Making the Garage Roof_2

大きな構造物だと、ほんのちょっと違う角度で作ったら大きな誤差になってしまう。。。

特に屋根は思った以上に時間がかかり、作り直したりやり直したりする作業も出たりして

なかなかたいへんだ。

三人でまる一日やって、屋根基礎の前面と後面に合板を張るまでで精一杯。

ちょっとずつ、少しずつ前へ。。!