Motorcycles Shipping to Mongolia

ツアラテックジャパンのメンバー6名+オフロードメディア界の有名人・三上さん+輸送手続き&現地手配係のオレの計8名で計画している、夏のモンゴルライディング。今年は日本の生活に傾注するが、この計画には以前より力を貸してほしいと頼まれていたので、8/5〜15の11日間の旅を組み立てている。

6名のバイクを5/11㈬、ウランバートルへと輸送するために川崎の保税倉庫に運んだ。インターナショナルGSトロフィーライダーやBAJA1000ライダーなど猛者たちのバイクは、果たして無事モンゴルに到着するのか!?

正確にいえば、8/5にみんなでモンゴルへと渡るのだが、それまでにバイクの到着が間に合うのか??だ。まず中国の天津まで船で運び、天津からウランバートルまではコンテナごと鉄道に乗せる(ちなみにこの鉄道は天津からロシアのモスクワまで通っている超・大陸横断鉄道だ!)のだが、通常ならば3週間ほどで運べるこの日本→(船)→天津→(鉄道)→ウランバートルルートが、コロナ以降めちゃくちゃ遅延していて直近では2ヶ月半ほどかかっているらしい。ギリギリだし、これ以上遅くなればモンゴルに行ってもバイクがまだ着いていない、という結末が待っている。

ラリーモンゴリアも開催をあきらめた(これで3年連続の中止になってしまった)今夏にやるのは正直大きな賭けだが、リスク承知でチャレンジする。輸送をお願いしているセントラルエキスプレスのオギー社長(モンゴル人)に、「なんとかがんばって〜!!!」と改めて強くお願いした。この会社のオフィスは自分の家から自転車でなんと10分!打ち合わせするのも非常に楽で、このめぐり合わせの力に期待してしまう。

川崎で生まれ育ち、何でも知っているつもりだったが、普段足を踏み入れない港湾エリアは凄まじい広さとトラックの多さで、川崎が日本有数の貿易都市なんだと正直はじめて実感した。故郷の知らなかった一面を新たに発見した気分で、嬉しかった。
就活時代、第一志望業界は海運で、第二希望が旅行だった。これは21歳の時ピースボートで世界一周をした際に芽生えた。世界中の様々な港に寄港すると必ずコンテナがあり、MAERSKやEVERGREEN、NYKやMOLやK Lineなど同じ文字が書かれたコンテナが世界中に散らばっていることを、海運という仕事のグローバルさを肌で感じた。調べると、島国の日本を支える(石油等のエネルギーの輸入や車やバイク等国際競争力の高い製品の輸出で)超重要だが職業としてはマイナーな、縁の下の力持ち的な業界であり、世界を舞台に船をオペレーションして日本を支える最高にカッコイイ仕事じゃん!!と思って日本郵船、商船三井、川崎汽船の大手3社はじめ他もいくつか試験や面接を受けたが、全て落ちた。そのぐらいに他の受験生のレベルが高かった海運業界、自分は落ちても当然だと思えたほどだった。その後、第二志望の旅行業界で運良くナンバーワン企業に受かり、紆余曲折を歴て、今こうして世界を舞台に自分の力を発揮して港を眺めている。いろいろあったが、約20年前に抱いた世界を股にかけた仕事がしたいという気持ちを失わずに生きられている。
送る中で唯一GSじゃないバイク、KTM790R
保管場所に置いたあと、ガスを抜いたり、バッテリーの端子を外したり、ナンバーを外したりした。
このメンバーでのモンゴルライディングが予定通り実現できたら、本当にエキサイティングだ。俺と三上さんは現地でWR450Fを借りる。ゴビ砂漠のような広大なオフロードでは最適なバイクだけど、正直俺が一番腕が無いから必死で走らないとついて行けないだろうし、必ず成長できるはず。とにかくバイクの到着が間に合いますように!!!
6台のキーはオレが預かり、まとめてモンゴルでサポートしてくれる人へと送る。

Mongolia Dreaming

8月のモンゴルツーリングのバイク輸送とエアチケット予約をお願いしている、セントラルエキスプレスに行って打ち合わせした。バイクを積む倉庫の場所はじめ、必要となる準備について細かく確認し、全員分のパスポートデータを渡す。あと3週間後には積み込むから、いよいよ迫ってきたって感じだ。

参加者はいま現在自分含め8名。rider誌(残念ながら昨年廃刊になってしまった)元編集長の三上さんも参加することになった。モンゴル好きの三上さんも来てくれたら、きっといい写真や記事を作ってくれて来年以降の良い宣伝材料ができるな〜と思っていたところ、水谷さんが実現させてくれた!

この三上さんが作っていたrider誌のvol.19には、自分の大陸横断ツーリングの記事と、水谷さんが参戦したGS Trophy MONGOLIA の記事が載った。
この二人と一緒に自分のコーディネートでモンゴルを走ることになるとは。何かの御縁を感じ感慨深いものがある。とにかくバイクがツアー前までに無事ウランバートルに到着しますように!

その後週末にやるワークショップの材料調達などを済ませて、川崎駅前に最近できた人気店の「環2家」へ。家系総本山吉村家の直系のれん分け店ということで、なかなか美味かった。特にチャーシューは軽く燻製したような香ばしい風味で、脂身が少なく肉そのもの旨味を噛みしめる感じで、かなり気に入った。

中盛りにほうれん草ときくらげをトッピング、トッピングの量が麺と同じぐらいあってすごい量だった〜!次回来ることがあったらチャーシューメン並+ほうれん草にしよう。

また、以前書いた「沖縄高校失明事件」https://wp.me/p8SzV8-1Bsで暴力を振るった警官が、どうやら起訴される方向になる感じだ。警察官も所詮は人間で当然罪を犯すから、公平な判定で厳しく裁かれることを願いつつ、引き続きこの事件を注意深く見守っていく。

Manage of Riding Mongolia

もともとはトライアンフ修理の続きをしようとしていた今日だが、夏のモンゴルバイクツアーの件で調べたい事が昨日いろいろと思い浮かび、予定を変更した。現在5名の参加が決定していて、俺はコーディネーター兼添乗員として同行予定。自分のバイクをウランバートルへと送ってモンゴルを走る計画だが、俺はそうせずにWR450Fとかを現地で借りたいと思っている。

バイクの輸送を相談している会社に、用意すべき必須書類を教えてほしいと聞いているのだが、返答がいまいち腑に落ちず曖昧なこともあり、ちゃんと調べないとヤバい!と考えた。渡航や国際間輸送には書類がつきもので、正確な情報のもと正確な書類を用意しておかないと、取り返しのつかないことになる。そして発行は申請機関のペースや判断に委ねられるから、基本的に取得には時間を要すると考えるのが前提だ。これがないとバイクが送れない、戻せないという書類が後からわかり、間に合わなくて終了という思いはしたくない。

まずは陸運局へ。いつもバイクの車検やナンバー取得で利用している行きつけの川崎陸運局は、家からバイクで10分程度の場所にあるから近くて助かる。

5年前の海外ツーリング時に登録証書を取得する際、大変お世話になった加藤さんがいたら気軽に相談できたが、残念ながら退職していた。しかし、年度最終日の忙しいタイミングながら、吉野さんという方が親切に対応してくださり、調べたい情報は入手できた。

次に、これまでやり取りしてきたところとは別の輸送会社の事務所に行って相談をした。コロナ禍でストップしていたこの老舗でモンゴルに強い会社が4月からまた輸送を再開するという情報を聞きつけ、連絡をとってみたところ、モンゴル人が社長を務めるこの会社はなんと、俺の自宅から自転車で10分ほどの近所にあった!

詳細は割愛するが、ここでとても有意義な話ができた。俺が必要ないと思っていたATAカルネを取得した方が(手に入れるのには小細工しないといけないが)通関がスムーズになること、中国の天津からコンテナを乗せる列車は40フィートコンテナのみであること(20フィートだともう一本の20フィートを積むまで待たねばならない)、など。

他にもたくさんの良い情報と条件を出してくれて、見積り的にも問題ないし、エアチケットの予約もやってくれるからとても頼れる会社だとわかった。いまやネットで航空会社から直で買えるけど、状況によっては旅行会社に依頼した方が良いケースもあり、比較検討した結果今回の場合はそうした方が良い。旅行会社で働いていたからわかる。

さらにこの会社の一番大きなメリットは、バイクを港へ持ち込むのは5月11日(他社は4月14日)でよく、港は川崎(他社は大阪の岸和田)と断然便利で、準備時間的にも移動の手間的にも非常に助かる点だった。送る日が遅くなれば現地到着も遅くなるリスクが上がり、最悪ツアーまでにバイクが到着しないという結果も無きにしもあらずだが、諸々考えた結果この会社を信じることに決めた。モンゴルに住む知人の日本人や、知人のモンゴル人とビジネスをしてきている点も、信頼するに足る理由だった。

夏のモンゴルバイク旅が、一歩前進した。実現してみせるぜ!

モンゴルを走って見た景色を、いくつか。

改めて、空の青さがヤバい。

そして、夜は星空の美しさがヤバいのだ!

The Decision is…

ロシアによるウクライナ侵攻はまだ終わりそうにないから、気を揉みながら待っているよりロシア人にコンタクトをとり、返信がきた。

以前もお世話になったバイクの通関をしてくれる人で、とても頼りになるため今回もこの人物にバイクを送る予定だったし、この人の協力ありきで考えていた。以下、原文ママ。

大変な状況下にも関わらず、こういうちゃんとした返事をくれて心から感謝する。このメールの後もやり取りをして、今回の非常事態とプーチン大統領に対する一般ロシア人の反応を引き出そうと試みたが、叶わなかった。政府にバレるとまずいから、下手なことは書けないのだろう。

バイクが輸送できて飛行機が飛ぶなら、リスク承知でロシアには行くつもりだった。

自分のロシア遠征計画を知っている人は、「いまロシアなんて絶対無理でしょ!」とか、「いま最悪のタイミングだね。。」とか言ってくれるが、そうかな?と思ってしまう。少なくともロシアという国を実際に旅して内情を見た俺の方が、現地の様子を若干リアルにイメージできる。

その上で、未来のことなんて誰もわからないから、いま行きたくて行けるなら行こう、と考えるのだ。

だって、2022年に世界の大国が戦争を起こすなんて、誰が予想していただろうか。

2019年末から騒ぎ出した新型コロナウイルスなるものを、2022年になってもまだ騒いでるなんて誰が予想していただろうか。

戦争している今行くのは最悪でやめた方がいい、なんて俺は考えない。ロシアに限らず日本も含めて、この先もっと動きにくい世界になるかもしれない。明るい未来に期待して先延ばしにしても良い方に転がるかはわからないから、いま行きたくて行けるなら行こう、と考える。

しかし、だ。

「戦闘地域からは8000kmほど遠く離れている。当然ロシア国内だからしわ寄せや影響は多く大変だけど、日本からバイクを送ることはできるし何とかなるから、請け負うよ。」

こんな返事が来ることを望んでいた。だが、その淡い期待は見事に打ち砕かれた。思えばこれは俺の心が欲していた声にすぎない。

一番肝心で土台となるバイク輸送の道が、途絶えてしまった。頭の片隅ではあり得るとは思っていつつ、突きつけられるのが嫌でロシアとコンタクトを取らずきたが、勇気を出して聞いた結果厳しい現実が待っていた。

一度熱くなってしまった心を冷ますのはなかなか難しい。溜めてきたエネルギーを発散しないと気が済まない。代案として、

①ロシアじゃない国での挑戦を見つけ、バイク遠征をするプラン

②もともとロシア遠征後の8月に予定していたモンゴルバイクツアーのアテンドの前後もモンゴルに滞在する。トータル2ヶ月ほどモンゴルを走りまくり、2022の夏はモンゴルに絞るプラン

③未完成状態の大きなモノ作り二つ、千葉のガレージとトライアンフのレストアを確実に終わらせる。そして千葉のガレージ近くに移住して今後の活動拠点となる広い敷地を手に入れる。また、日本で行ってみたい場所ナンバーワンの小笠原母島に行くなど、国内での活動に精を出すプラン

じっくりよく考えます。

VISION #3

ロシア渡航が最悪の状況となっている今、どうすれば目的を達成できるか、現実路線で考えてみた。

▶1. サポートカーについて

自動車メーカーの協力を取り付け、プロモーションと耐久テストを兼ねて、電動バイクのバッテリーを充電する性能を持つSUV(ex.三菱アウトランダーPHEVや、TOYOTAのRAV4ハイブリッドなど)を提供してもらおうと思っていたが、現状ではロシア遠征のスポンサード営業なんて不可能だから、サポートカーの無償貸与は諦めるつもりでいる。そうなると自分の車=日産エクストレイルT31型に決定、電動バイクのバッテリーチャージはDC/ACコンバーターと巨大容量のモバイルバッテリーでなんとかできそうだ、という気がしてきた。

【モバイルバッテリー】

【コンバーター】

問題は、サポートカードライバーの確保だ。手を上げてくれた人がいたがさすがにこの情勢下になって辞退、当然だろう。俺は夢のために命を賭ける覚悟をしてるけど、巻き込まれても構わないと思う人なんているわけがない。

ロシア人が所有する車&ドライバーを雇うという手段があるが、ハードな長旅の相棒は信頼できる車とドライバーが必要だ。日本レベルのクオリティで整備された車両と、100%意思疎通できるスタッフでないとトラブルが起きる可能性は高い。。

▶2.バイクについて

サポートカーの帯同が非現実的となった以上、一人で走るしかない。そうなると、給電ありき&荷物か積めないの電動バイクによるチャレンジは諦めざるを得ず、、、代案は?普段一番よく乗っているXT1200Zスーパーテネレが浮かんだ。電動バイクと比べ先進性や話題性は相当劣るけど、このバイクなら同じぐらい挑戦意欲を掻き立てられることに気がついた。もともと自身で困難や制約を課して、とてもじゃないけどやってみなけりゃわからないレベルにするために電動バイクを考えたが、このバイクならそれに足る。

左がテネレ、右がSUR-RON、車重の差は200kg以上

ガソリン満タン時の重量は260kg、荷物を積むとそれ以上の超巨艦。5年前の大陸横断挑戦時は、このビッグマシンでアフリカまでとても走りきれる気がしなかった(予想できない悪路とか修理パーツの入手しづらさとかで)からTT250Rで行ったが、今回の片道5000kmと骨の道ならば、今の俺なら何とかなるかもしれないと思えてきた。この5年間が、俺を叩き上げてくれた。オフロードでの戦闘力は非常に高いから、モンスター級の重戦車だけど乗りこなせればどこまででも行けるし、そう思えるぐらいに乗り慣れた。

また、5年前にロシアで会ったマガダンから来たライダーが乗っていたバイクが、旧750ccのスーパーテネレだったのだ。この時はじめて「マガダン」という言葉を聞き、地図を見てとても遠い場所だと思ったものだが、経験値とスキルが上がった今の俺ならば挑む意欲が湧いてくるし、ストーリー性がある。この挑戦をすることは、あのライダーと出会った時から決まっていたのか?そういう運命だったのかな、、、

こんなフル装備のロシア人ライダーと会ったのは、唯一彼だけ。それだけに、マガダンという街までの道のりの険しさを物語っていた。

と、いうわけで!XT1200Zによる単独行が最も現実的になってきました。

Keep on Rolling.