New Animal

唐突ですが、BMWのR1200GS(おそらく2016年式ぐらい、細かくはノーチェック!)を手に入れました。。。!!

最初のオーナーは元GSトロフィー日本代表で、それを元ツアラテック社員が買い、訳あって乗れなくなって8ヶ月ほどツアラテックに保管されていたのを次は俺が買ったから、3オーナー目の車両になるが低走行車だ。取り付けたいツアラテックのパフォーマンスパーツがひと通り装着済みで(DENALIまで!)、走りのキモとなるサスペンションは高性能なラリーサス、そしてラリーシートまでも付いていてとてもお買い得だった。

これから太郎さんに代わってツアラテックを背負って立つ以上、その主力商品であるGSについて完ぺきに知っていないとダメだと思ったし、ライティングスキルももっとずっとレベルアップしたいと覚悟を決め、買った。同じ1200のビッグオフ、スーパテネレは大好きだが、マシンの戦闘力は確実にGSの方が上だし、純正パーツもツアラテックパーツも豊富にある。もちろんテネレには愛着があるが、さらに強くなるためにGSに乗ることにした。

テネレは手放さず、長野の家に置きたまに乗るマシンに変わる。ツアラテックで働きながらGSで思いっきり練習をして、目標はGSトロフィー2026の日本代表だ、、、!!

https://www.bmw-motorrad.jp/ja/experience/gs-hub/gs-hub/04-gstrophy.html

前回、前々回と二週続けて日曜日の朝、ツアラテックのユミさんのGSをお借りて(俺のGSはまだ名変前なので)7時から開店前の朝練で猿ヶ島を走った。GSの戦闘力の高さを実感する。

猿ヶ島をほぼ横断すると、ゴロゴロ石、細かくて深い川砂、急坂の登り下り、川渡り、サンド、シングルピストと、あらゆる地形を走れる。ビッグオフ中〜上級者向けのコースで、この写真では到底伝えられない難しい地形を走る。そこを俺は借り物のGSで、一回コケるかどうか、という感じ。これまで世界中を走ってきた経験値と持って生まれた運動神経で、走行技術はすでにそこそこ高いことがわかった。

一方、ツアラテックの駐車場に特設される遅乗りやタイトターン用のセクションは、めちゃくちゃ苦手だ。これまでバイクの基礎練習は全くやったことがなくて、走りながら体得した技術しかないから、当然だろう。

小学校3年生で地元の少年野球部に入り、中学ではバスケ部に入り、高校ではハンドボール部に入り、大学ではバスケサークルに入り、社会人になってもスポーツマンでいるのが当然と人一倍体を動かしてきた。小・中・高校では全部キャプテンを務めたから、弱音を吐いたり妥協できなかった。10歳から22歳までの期間、特に中学と高校では肉体をいじめる厳しい練習を日常とし、おもいっきり汗をかいて息を弾ませ走っていた。

辛い練習にとことん耐えたあの日々以上に、何かに対して無心で特訓することなんてもう絶対にできやしない。あの時は子供だったから、打算や損得勘定など無しで純真無垢にやれたのだ。

だからこそバイクに求めるものは真逆で、とことんリラックスして自由を楽しむために、追い込んだり無理したりせずに乗ってきた。

しかし。ツアラテックを担うならば、GSトロフィー日本代表を目指すならば、死ぬほど練習して上手くなりたい。自然とそういう気持ちが、覚悟がみなぎって、絶対にやりたくなかったバイクの地味練をガンガンやっていきます!

※タイトルは、The pillowsの俺が大好きな楽曲より拝借しました

CROSS ROAD

前回、9月からTouratech JAPANのフルタイムスタッフになると書いたが、至った経緯を残したい。

2022年8月、長野に完全移住する直前に行っていた、Touratech JAPAN Mongolia Desert Challengeでのひとコマ。

まず、人手不足のツアラテックから2月の終わりに「戻ってこない??」と誘われたのが事の発端だ。もちろん、俺はずっと住むと腹を決めて長野に移住してきたし、今の環境と暮らしが大好きだから、それを手放す選択肢はまずあり得なかった。

ただ、その当時パタゴニアと掛け持ちで働いていた中条の古民家旅館での仕事を、これ以上続けても成長は難しいと感じだしたタイミングでもあった。また、春になって4ヶ月ぶりに(人生で初のバイク冬眠だった)バイクに乗り、「これだ!これなんだ!!」と改めてその素晴らしさを認識し、バイクへのモチベーションがガツンと上がったタイミングでの話でもあった。

そこで。ちょっと大変だけど頑張れば、週3日白馬のパタゴニアで働いて、土日は主に(全部の土日は無理だけど)神奈川の相模原にあるツアラテックで働くこともできなくないだろう!と決めた。ツアラテックでは、スタッフや常連と一緒に走ることも含めて仕事の一部のようなものだから、自然とスキルアップできるのも大きな魅力だ。

しかし、あくまでも新しいスタッフが入社するまでのサポートスタッフのつもりで、働いても一年ぐらいのつもりだった。ベースはあくまでも長野なのだ。パタゴニア白馬ストアのスタッフや待遇もすごく好きで、長く続けたいし。ゴールデンウィークいっぱいで中条の古民家旅館は退職し、以後週2日は相模原のツアラテックへ行ったり来たりする生活がスタートする。

しかしある日、社長の太郎さんから高橋店長が遅くとも年内には退職するんだよ、と思いもよらない話を聞かされる。そして、店長職を引き継がないか?と打診された。当然断ったが、話には続きがあり、新しい店長には将来的に会社も担ってもらいたいという予想外の相談だった、、、!

即答はできず、一日考えた末に。俺は引き受けることにした。しかし、長野の家は手放さずに。相模原にも家を借りて、仕事のためにここに住み、理想の生活や自然暮らしは長野で描くことに決めた。この地に根を張るつもりの長野に、月何日か遊びに来て過ごす暮らしになってしまうが、、、そして、大好きなパタゴニア白馬店も退職してしまうが。。。でも、長野にも家を持ち続けるんだから、自分のベースを神奈川と長野に広げたんだ、と納得することにした。俗に言う二拠点生活というやつだろう。本当は一本化したいのだけど、一箇所でまとめ上げられないのだから、いた仕方なし。

正直言うと、2021年9月に道祖神を退職してから2年近く定職につかず、いよいよもっと稼がないと、と考えていたことも大きい。また、しばらくずっとアルバイト君でいた気楽な立場にもそろそろ飽きてきて、責任ある仕事にも飢えていた。本当は長野での起業が理想だが、何ができるのか悩んでいた。理想の環境や暮らしは移り住めば手に入るが、事業的な成功は必ずしもその地で実現できるかわからない。それらを一つの場所に集約できればベストだが、俺は二つに分けた方がうまくいくかもしれないな。なら試してみることにしたのだ。

40代はこれまでの経験を活かして、自分の裁量でできる仕事を確立できたら、という野望を持っていたこともある。すでにある会社を引き継ぐとしたら、何もかも思い通りにはいかないだろうが、少なくとも既存のプラットフォーム(ブランドイメージ、製品、販路、顧客、ノウハウ、システム、インフラなどなど)を利用できるのは、大きなメリットでもある。その上で、自分なりの色を出して、新しい展開をしていけばいい。大きな船の舵をとる船長、そんなポジションに付けるチャンスは誰にもあるわけではないので、俺がどこまで進めるか挑戦してみたい!と心が動いた。

6月の道祖神のマン島TTレース添乗員の仕事にしても、5月のSSTRゲスト出演にしても、今回のツアラテックの話にしても。けっきょく俺はバイク関係で重宝されるのなら、そこに向かった方がシンプルだし、自分にとってプロになれる唯一の分野なのは疑う余地がない。パタゴニアとツアラテックに力を分散させないで一つに集中させたら、もっと活躍できるのは自分が一番良くわかっている。

と、いうわけで。将来の自由な時間を手に入れるために、今しばらく、久しぶりに本気で仕事をがんばってみます。

昨日、近くの山の上から見た雨上がりの風景。
風雲急を告げるような躍動する風雲を眺めて、これまでの、そしてこの先の自分の人生と勝手に重ね合わせていた。

WALK

約5ヶ月ぶりの投稿になってしまった。

春、初夏、梅雨と季節は移り変わり、その中で本当にいろんな出来事が起こったが、とてもそれぞれ思い起こして書くことができない。

やっぱり間が空くと気持ちも離れてしまうから、反省だ。今後、またコンスタントに書いていきます!

大きかった出来事を二つ。

①マン島TTレースツアーに行ってきました

ツアーがラップして添乗員不足になった道祖神からお呼ばれされて、去年のモンゴル以来約一年ぶりに海外ツアーのアテンドしてきました。

https://www.biketour.jp/tour/00103-isle-of-man-tt-race/

羽田空港出発時
出発便が90分遅れた結果、乗り継ぎ便に間に合んず、ドバイに一泊、、、
レシプロ双発でマン島へ!
市街地をブッ飛ばすイメージが強いTTレースだが、こんな山の上も走り、線路も超える。Bungalowという観戦スポットにて。
有名なジャンプスポット、Ballaugh Bridge
廃線となったMANX AIRLINEが置かれていた場所で、嬉しくなって撮影

お客さんを連れて海外を案内することは。タダどころかお金をもらって海外旅行できるメリットが半分で、あと半分は大きな責任感。そして、旅の本質を知らないお客さんのワガママに付き合う気苦労、かな。

願わくば年に一回ぐらいでいいから、こんな感じでガイドの仕事ができればいいな、、、!

②Touratech JAPAN

道祖神の仕事がストップしたあと、2021年1月から2022年の2月まで働いてた、ドイツ産のアドベンチャーバイク用スペシャルパーツを中心に取り扱うお店。

代表の太郎さんを筆頭に、そのパートナーのユミさんや店長の高橋さん、そして常連さんやその仲間たちがとにかくバイクによく乗るし、うまい人が多い、アドベンチャー野郎たちの聖地のようなお店だ。

実は5月から週末の土日を中心に、長野からこのお店まで行って働いている。代表の太郎さんにはとても可愛がってもらっていると思っている。特に、去年はモンゴルツアーの組み立てを任せてもらい、一緒に行って添乗員的な仕事をして、その費用の面倒を見てもらった恩もある。

説明をおもいっきり端折ると。

9月から俺は、完全にTouratech JAPANの社員となります。

まずは店長となり、ゆくゆくは会社の代表になる予定です。120%バイクを仕事にします。

これについての詳細は、また次回!

今までは持ち前の運動神経でなんとかなってたバイクだけど、これからはちゃんと練習して上手くなってやる!と決めました
ツアラテックのスタッフや仲間たちと。9月のキャンプイベントの下見ツーリング@福島

Little more than before

昨日今日と、最高気温が14℃まで上がり、雲一つない快晴に恵まれた。

家の周りの雪はすっかり溶け、遠くに白く輝く北アルプスの山々とのコントラストが最高!

初めて迎えた長野の冬は、やはりかなり寒かった。。。隣人のおばあちゃんが、今年はすごく寒かったよ〜っと言ってたから例年以下だったのかもしれないが。

これまでは夏も冬もどっちも関係なくアクティブな体だと思っていたのに、一段強い寒さの前には正直あまり行動的になれなかった。神奈川の冬に親しんだ体は、曇天が続く日本海型の冬に動きが鈍った。

が、その冬眠からも目覚め、気温が上がると同時にあきらかに体の活性が上がった。そして、バイクに乗りたい!!という活力が戻ってきた。

もともと3月24(金)に東京モーターサイクルショーへ行き、ついでに千葉に置き続けていたTTRをいよいよ長野へ連れてこようと、家主の軽トラを借りて行く計画を建てていた。行きの荷台が空荷になってもったいないな〜と思っていたところ、25日(土)千葉の林道ツーリングのお誘いが知人からあった。こりゃいいじゃん!シェルコを積んでってオフロードを走り、帰りはTTRを加えて2台積んで帰ってくればとことんバイクを楽しめるぜ!

というわけで、かわいそうに一年以上乗っていないシェルコを、久々に起こしてあげることからスタートする。

セルスイッチを押すが、何の音も反応も無い。バッテリーの電圧をはかると6v程度、そりゃ無理だと思って充電後にリトライすると弱々しくセルが少しだけ回ったが、すぐにまた無反応になった。再びバッテリー電圧を計ると12.6はあるから、バッテリーじゃない。全く電気がいってない感じだ。もともとプラス端子が接触不良気味だったのを思い出し、端子を取って銅線剥き出しでバッテリーのプラス端子に当ててセルスイッチを押すと、セルが回った。しかしエンジンがかかる気配はない。

このままではまたバッテリーが上がるから、車からのバッテリーからジャンプしてセルを回し続けるが、かからない。ガソリンが劣化してる可能性があるが、点火力が弱い気もするから、この機にプラグを交換することにした。

タンクを浮かせるためにガソリンを抜く

昔のオフ車と違ってタンクを外さないとプラグにアクセスできないから、ちょいとやっかいだ。でも、マシンに新しいトラブルが発生した時こそ、新しい知識が身につく。調子良く走っているバイクだと消耗品の交換ぐらいしかしないから。これまで手を入れてなかったシェルコの燃料タンク周辺の構造が知れ、プラグの外し方が確認でき、ついでにタンクとエンジンの隙間の泥汚れも掃除もできた。

バイクはすっきりすればするほどカッコいいと思う
燃料ポンプの関係でタンクをまるっと外すのは難しいから、プラグにアクセスできるようにマウント類を外してタンクを持ち上げる
こんな形になっていたのか〜
純正工具にあったプラグレンチは使い勝手が悪く、あれこれ考えた末二つをドッキングさせて使えばうまく機能した。
CR8EKの2極プラグだった。やはり状態は悪いから、交換する選択は正解だ。予備プラグを持ってなかったから、今日はここまで。

また、テネレも傷んだアンダーガードを外し、少しオイル漏れがあるのでオイルパンのボルトを増し締めし、そろそろやばいと思っていたフロントブレーキパッドの残量をチェックした。テネレは今後エンジンオイルとシャフトオイル交換、ラジエターの内部洗浄と不凍液の交換をして、3月15日には久々に走らせる予定!

そして、今日から家のリフォームが始まった。お風呂が新品になり、和室の壁紙を貼り替え、キッチンルームの壁紙と床を貼り替え、玄関や入ってすぐの部屋の一部に手を加える。3月10日に完成予定、より住みやすい家にパワーアップする!

中身を全撤去し、天井と床と壁の一部を剥がした風呂場。この後床にコンクリートが打たれ、新ピカのシャワーと湯船、そして脱衣所が出来上がる!

お風呂の床を掘り起こして出た砕石は欲しいと言ってみたらもらえた、ラッキー!これから庭に建ててやろうと思ってるティピーの基礎(内部は土間では無く板間にする予定!)の下に敷こう。

これだけの量の砕石を買うとまあまあの金額だし、運ぶのも大変だからありがたい

太陽を浴びて体を動かすと、自然と心も健やかになってくる。

やはり俺は動かないと、調子が上がらないタイプのようだ。

For Better Moto and Car Life

ようやくガレージに棚を設置することができた。

H1550mm、W910mm、D455mmの三段ラックを6つ作るのは、思った以上に時間と手間を要したが、出来は悪くない。ガレージ内の横幅ギリギリのサイズで、最後の棚一つは手で押し込んでも入らず、プラハンで脚を打って隙間にはめ込んだほどのクリアランスの狭さ。これでカオスだったガレージ内がようやくスッキリしたぜ〜!

製作課程はざっとこんな感じ。材料は2×4とOSB合板。

8フィートの木材までならエクストレイルにはギリギリ突っ込める。
一般的な1820 x 910mmの合板も問題なし。
サイズを決めて丸鋸でひたすらカットしていく。
屋根付きの作業スペースだと青空よりも断然やり易くてはかどる。
天板にするOSBもカット。長い直線を正確なサイズに真っ直ぐ切り進めるのはちょっと難しく、慣れが必要だ。
10フィートの2×4は車内に積めないため、使いたかった半分サイズにお店であらかじめカットしてもらってから持って帰った。
今回ちょっと気を遣って、木割れ防止の下穴をちゃんと開ける。
材料のカットと下穴開けを終えたら、組み立て工程へと進む。ワークテーブルとジャッキが大活躍してくれた。
今回の棚は、はしご状のフレームを二つ作り、天板を渡してそれらを連結させる構造。
完成!こんなやつを6つ作りました。
ガレージの後ろ一面を全てが棚に変わり、バイク同士の隙間も余裕ができた。
あと、ついでにタイヤラックも作ったが、こちらは思い付きのノリでやったから出来はイマイチ、でもまぁ使える。
机も設置し、これで細かい作業もしやすくなった!
また、三つある納屋のうちの一つの中にまぁまぁの量山積みされていた単管パイプや長い木材を、違う納屋へと移し替えて内部を整理し、この納屋に車を頭半分だけ突っ込めるようにした。
これで駐車中のフロントガラス凍結が劇的に減り、朝がとても楽になるぜ!

この納屋は春になったら内部をすっからかんにして(春先まで動かせない家主の荷物があるため)、完全に車用ガレージにすることに決めた。

この地で生きていくためには、車は本当に欠かせないライフラインだ。雪深い季節になり、そう痛感している。そしてこれまで以上に愛着と感謝の気持ちが生まれ、大切に扱うために車もちゃんガレージ保管することに決めました!