My real time log system revived!! 

南アフリカにて、現在地を30分毎に自動送信してくれるマシンが復活しましたー!!

ゴール地点である喜望峰へ、ジリジリと近づいていく動きがリアルタイムで掴めます。

https://freerider.jp/map/

上記ページ内から、位置情報サイトにアクセスできます。

もしもお暇な時がありましたら、「あいつどこまで行ったかな~」と見ていただけたら嬉しいです!

Cross border from Gabon to Congo, that was hard work.

19 April この日はすごく大変な一日になった。

Tchibangaという町の教会(タダで部屋に泊めてくれて3泊した)を出発したのは11時前。話したりしてるうちになんだかんだ遅くなった。広い敷地の中にあり、優しい神父とかわいい子供たちがいる、楽しい場所だった。

服とか散らばってるけど、寝るには充分

まぁ、ここから次のRepublic of the Congo(コンゴ共和国)の国境までは約150kmと近い。この時間から出発して、国境越えに何時間か要したとしても、コンゴに入ってそれなりに先まで進めるだろう。そう考えていた。

ガボン最後の町、Ndende(ンデンデ)を昼過ぎに通過し、南東へと進路を変えるとやがてオフロードになった。最初は固く走りやすかったが、進むにつれて泥まじりの柔らかい地面へと変化し、道との格闘がはじまった。コンゴは悪路が多いと知っていたが、まさか国境約50km手前のガボン側から始まるとは想定外だ。

途中、トラックがスタックしていた。そこから10分ぐらい走った先の大きな泥水溜まりで、ルートをミスり今度は俺がスタックしてしまった。

こういう箇所では水の中に突っ込んでいった方が車が固めた轍の上を走れ、スタックしにくいとわかってはいるのだけど、避けられるものなら入水は避けたい。水面下の状態や深さがわからないので、泥水溜まりの中ではまり動けなったらより辛いし、最悪転倒してしまったら電気系統やエンジンに浸水してバイクが壊れかねない、、、という不安から、土の状態を確認せずに水の無い所へと進んだ凡ミスだ。

積荷を降ろし、バイクをプッシュして抜け出そうと試みるも失敗。ついにこの旅で初めて、一人では脱出できない場面が訪れた。

さて、どこに行けば人がいるかな、、、そう考えて少し休んでいたら、さっきのトラックがスタックから脱出してやって来た。ラッキーだった!

その先も、奮闘しながら進む。

ポリスの検問所が現れた。この道をバイクで、しかも日本からたった一人で来たことにめちゃくちゃ驚いてくれた。通常、出国スタンプは国境上もしくは国境から一番近いイミグレーションオフィスでもらえるが、ここは周りに何も無さ過ぎる場所だからなのか、出国スタンプは置いてない!最後の町=約40km前のNdendeのイミグレーションオフィスにある、と言われてしまった!!そんなの知らねーよ、、、

スタックによるタイムロスの影響が大きいが、たかだが40km程度の距離を約2時間格闘したこの道を、出国スタンプをもらうためだけに戻って、また来ないといけないのか、、、そうショックを受けていると、ここで別のスタンプを押すからそれで国境を通れるよう特別に対応しようと言ってくれたー!!!そりゃそうだ、知らないで来る人も多いに違いない。

国境まではあと10kmぐらいだ。周囲にはドス黒い雲、雨が来ないうちになるべく進みたい。おりゃ〜!!と3kmほど進んだところで、この日2回目のスタックをしてしまった。。。今度も一人では脱出できず、しかしここにいてもずっと誰も来ないことは明白なほど、道中人や車に会わなかった。さっきの検問まで歩いて戻るしかない、道の真ん中ではなく端でスタックしたのが幸いだ。バイクはその場に放置、積荷は降ろして脇の草むらに隠し、旅にマストなアイテムが入っているバックパック(けっこう重い)とウエストバッグは身につけて、水を持ち、10分ぐらいで走ってきた約3kmの道を、1時間以上かけて戻った。

検問に着いたのは17時頃、閉まって人がいなくなる前に間に合って良かった!そしてここのポリスがいいヤツで良かった。車があることを期待したが、無かったためバイクの元へと再び歩く。しかし、「Help me!!」を言う相手を探して歩く3kmと、助っ人が見つかって一緒にバイクの救出へと向かう3kmは、後者の方がはるかに気が軽かった。しかし、二人では苦戦しそうな気もしたため、「もう一人いたヤツは来ないの?」と聞くと、「後ろから追いかけてきている」言うが、まったく姿が見えない。来ないかもな〜、と思っているうちに強い雨が降ってきた。

まだ2kmはあるな。バイクは泥にタイヤがめり込んで直立してる状態だから、雨で泥が緩んで倒れないでほしいな。そんな不安とともに雨に打たれながら黙々と進んでいると、後ろから何やらエンジン音が聞こえてきた。近づいてくる、かなり大きなトラックだ!ラッキー!!検問にいたもう一人のポリスも乗っていて、事情を説明済みだったので話が早い。すぐに荷台に飛び乗り、バイクへと向かった。

助っ人ポリスの後ろ姿

このトラック野郎達に会えたからこそ、俺はコンゴに入国することができた、といっても過言ではないかもしれない。5人の中でリーダーのレニンは英語が話せて、俺にすごく協力的だったから、国境通過まで一緒に進んでサポートしてくれたのだ。日が落ちて真っ暗、雷が鳴るどしゃ降り、ガタガタドロドロの悪路。俺のヘッドライトじゃ前がよく見えない中で、後ろからのトラックの強力なライトが照らしてくれたおかげで、路面が見えた。俺はここに突っ込むのか!?と躊躇するほど大きくて深そうな泥水溜まりもあったが、はまっても助けてもらえる心強さが背中を押してくれて、突破できた。

ずっと一本道だったのに、分岐点が現れた。明らかに太い右へと向かうと、トラックのクラクションが違う!と教えてくれた。一人なら確実に右に行っていた。激しさを増す雨の中必死に走り続けていくと、またしてもクラクション。停まって辺りを見回すと、右後方に小さな小屋があり懐中電灯を持ってカッパを着た人がいる。ここがガボンの出国イミグレーションだった。真っ暗+停電+どしゃ降りで全く気付かなかった、一人なら確実にスルーしたはずだ。

出入国ボーダーではいつも神経質になる。時に面倒な手間と時間を要し、賄賂を取ろうと難癖をつけてくるイミグレ官もいる。ここにたどり着くまでに想定外の消耗をした今回、ズブ濡れで真っ暗な小屋に入り一人でイミグレ官と戦うのと、レニンが味方してくれるのとでは大違いだ。彼のおかげでスムーズにガボンを出られた。

しかし、コンゴの入国は一筋縄ではいかなかった。

2ヶ所の小屋でパスポート情報の登録(といってもノートに手書き)をして、さらに違う小屋へ。雨が当たらない軒先に、男二人と女一人が座って大きなの声でしゃべっている。男の格好は二人ともタンクトップにジャージの短パンにビーチサンダル、女はチキンをかじっている。みんな酒くさくて酔っていて、こりゃあBarの風景だ。

入国スタンプを押してくれとパスポートを渡すと、ガボンの出国スタンプをチェックして「これじゃ駄目だ」と言ってきた。予想していた展開だ。「これで通れるって言われたから来た、俺は悪くない!」と何度言い返してもヘラヘラ笑われるだけだった。しかし、ここでもトラック野郎たちに救われた。このルートのベテランである彼らも、俺と同じ非公式スタンプだったのだ!レニンの「このスタンプで俺たちは通るから、君も大丈夫だ」という言葉は、なんとも心強かった。そして、「私たちは仕事の関係で今日中にまだ先に進まないといけないが、君はここに泊まった方がいい。一軒だけ宿がある」と教えてくれた。今日はこれ以上とても進めないけど、どしゃ降りすぎてキャンプはしたくなかったから、助かった。

だが、嫌な状況はまだまだ続く。入国スタンプは明日押すと言われ、パスポートを取られてしまったのだ。やばい、、、人質を取られたようなもんだ。いま押してくれ!と抵抗するも、今日はもう時間が遅すぎるという。確かに19時を過ぎている。店じまいはわかるが(だから酒くさかったのか〜)、パスポートを預かる意味がわからなかったので、返してくれ!とまた抵抗。すると見かねたレニンが俺に説明してくれた。以下、レニンと俺のやり取り。

●レ:「君はすでにコンゴにいるが、入国の許可=スタンプは受けていない。本来ならばその状態でコンゴ内に泊まることは認められないが、もはやそうするしかないので、君が逃げないように彼らはパスポートをキープしたんだ。」

●俺:「でも、レニンたちは今日先に進めるのに、なんで俺だけ??」

●レ:「私たちはアフリカ人だし、仕事でコンゴへ行くから簡単に行き来できる。でも、君の場合は彼らが書類を書かなければならないから、それが終わらないとここから先には進ませられないんだ。」

全て納得できる理由ではあったが、明日レニン達はいない。一人になった俺に対して、この短パンビーサン酔っぱらいイミグレ野郎が、金を払わないとスタンプは押さないぞ、パスポートを返さないぞと仕掛けてくる可能性は大いにある。

●俺:大声で「I don’t trust him!!(こいつは信用できん!!)」

●レ:「おっおい、そんなこと言っちダメだ!彼はここのチーフなんだから。大丈夫、明日の朝には君はスタンプをもらえるさ。」

この会話を最後に、レニン達には御礼も言えず、写真も撮れずに離れてしまった。途中から一台の車も見なくなったここまでの道のりで、彼らと合流できたのは本当に幸運だった。

叩きつけるような激しい雨は、夜通し降り続けた。ただベッドだけがある狭い部屋は、停電のため明かりがない。昼食も夕食も食べられなかったが、不思議と腹は減っていない。グショグショに濡れた服やバッグに囲まれ、明日の不安を抱きながら、しかし何も考えずに今はただ休もうと眠りについた。さすがはコンゴ、ウワサ通り手強いぜ、国境からいきなり、、、と思いながら。

この日はバイクもくたびれたはず。

翌朝、雨は止んでいた。バイクの右側にある、木のドアの中の部屋に泊まった。

支度を終えて、いざ勝負!!と決戦のつもりで8時半にイミグレ小屋へと殴り込む。。。

すると!!昨晩とは一変、優しい顔をしたチーフがそこには居て、おー来た来た!という感じで迎えられ、書き上げた書類と入国スタンプを押したパスポートを自慢げに見せてきたのだ!8時頃から朝イチで俺の入国手続きを片付けたってことか、、、なんだ〜!ちゃんと仕事するマジメな人じゃん!!疑ってすんませんでした!!

もう一人の男も、昨晩とはまるで別人のようにめちゃくちゃクールな顔つきになっていて、無駄話は一切なくサクッとカルネ(バイクの輸出入書類)を書き上げた。何なんだ、この豹変ぶりは!?でも、とにかく何事もなく無事入国できて良かった!!

バイクの輸出入手続きを行う、DOUANES = 税関の小屋。ちなみにここはNgongo(ンゴンゴ)っておもしろい名前の地名。

元気な心に戻ると、空腹を感じるようになった。昨晩は真っ暗&大雨で何も無いように見えた周辺には、数軒のBarと屋台があったので、コーラとチキンを食べる。苦労を乗り越えた後の一日ぶりの食事は、体に染み渡った!

Keep on Rolling.

On 11th June,I reached to Southafrica,it’s my final country!

6/11 13:00頃、最後の国となる南アフリカ共和国に入りました。

この10ヶ月間で40回やった(ロシアに3回、カザフスタンに3回出入りしたので訪問国数の36よりも多い)、時に面倒で時間を要したバイクによる国境越えも、これで終わり。やった!

さぁ、あとはひたすら走るだけだ。
最後まで安全に気をつけてゴール目指します!!

Keep on Rolling.

Gabon #2 

1. The Equator crossing

08 April 赤道を通過し、北半球から南半球へ。太陽が北の空へと上がる世界に変わった。

お約束、北半球(左足)と南半球(右足)をまたぐ。

赤道付近の太陽は昼間に天頂・真上に来るため、影が真下に落ちて日陰を探すのが難しく、とても暑い。

影が無い!

また、東から西へと描く弧がとても高く、地平線から出入りする動きも限りなく垂直(春分・秋分の日は理論的に完全に垂直のはず)となり、その関係で日の出と日の入りの時間が短い。つまり、夜明けは東の空が明るくなったと思ったらすぐに太陽が顔を出して昇り、日没は逆にグングンと沈んでいく。そんなダイナミズムとともに走った。

2. Lambarene(town) days

09 April ガボン中部にある小さな町、Lambarene(ランバネレ)に寄る。かつて、ドイツ人のAlbert Schweitzer(アルベルト・シュバイツァー)氏(1875-1965年)が、医療に困っていたこの町に病院を建てて、人々を救うことに生涯を捧げたシュバイツァー病院を訪れた。

入口では勤務者たちがストライキをしていて、敷地内にあるミュージアムも閉館中。ガッカリしつつも、外国人医師も働いているので日本人はいないか尋ねると、併設の研究所で一人の日本人女性が働いていた!彼女に案内してもらうことで、病院について詳しく知ることができた。

創設当時の病棟が今もそのまま残っている。

こちらは結核等の伝染病患者の隔離病棟だったらしい。今は使っていない。

シュバイツァーさんはこの病院の中に眠る、コーラの空ペットが落ちてるお墓がそれ。なんだか他の人のお墓よりも質素に感じる。

日本が支援した救急車。また、マラリアなどの病気を扱うここの最新研究所も、長崎大学とJICAが建てていた。

BIOHAZARDマークが付いてる!

10 April 食堂で昼を食べているとJICA の車が停まり、二人の日本人スタッフと会った。夕食会にも誘っていただき、さらに三人のJICAスタッフ、そしてなんとも珍しい世界銀行で働く日本人の方とも会う。翌日もJICAの方のお宅で昼食をご馳走になって、日本人に囲まれた時間が続き、ガボンで何だか日本にいるような時間を過ごした笑

こんな食堂

厨房、熱源は焚き火

マニョック(キャッサバ)の葉を炒めたものと味付きご飯を頼んだ。こっちの食事は肉ばっかなので、たまにこういうので中和したくなる。

翌日の家ランチ。ごちそうさまでした!

この町では学校&教会(この二つはよく併設されている)の中に泊まらせてもらっていたので、子供たちと交流ができて癒された。

小さい女の子に多いけど、ファンキーな髪型をしてて楽しませてくれる!親が一番楽しんでるんだろうなぁ。

いっぽう、チリ毛率が限りなく100%の男たちは皆もれなく大仏ヘッドだ。

でもこれもナデナデするとゴワゴワしすぎずサラサラすぎず、いい感触だったりする笑

子供のかわいさに国や人種は関係無いし、人類共通の財産であることは疑いの余地が無いっすね!

3. West seaside villages

13 April 海と山の動物たちが見れるという『Loango Natinal Park』に行きたくて、拠点となる村のGambaを目指した。

道中、橋の無い大きな川を船で渡ったのは楽しいアトラクションだった。

道の先には突如川が出現

対岸からやってきた船。この車が降りた後、今度は俺がバイクを乗っけて対岸へと渡る。

Loango観光の窓口であるWWFのオフィスを尋ねる。しかし、不運にもアレンジできるスタッフが不在で、どうにもならず、、、残念だったが、その代わりBraveという職員が3時間ぐらい話に付き合ってくれて、いろんなことを聞けたのでここに来た価値はあった!

象牙はズッシリと重い。これは20kgぐらいだけど、アフリカ象は最大で3m、100kgぐらいになるらしい!!人間の歯と同じように中は空洞だった。

本来は木に取り付ける暗視撮影カメラをかぶり、「これで森に隠れていい映像撮りまくってきます!!」と言ったら、苦笑されて終了。

印象的だったのは、動物園についての意見だ。俺は動物の実物を見れるという点で教育的には良いと思う、と論じたが、Braveは動物を檻の中に閉じ込めるのは断固反対という立場を一貫して崩さなかった。そして、

「動物と人間の住む世界は違うのに、なぜ彼らをそこから連れて来る?見たければ、そうしたい人間たちが彼らの世界へ行けばいいんだ。」

なるほど、さすがはWWFの人だ。

15 April ただのんびりしたくて、今度は南に200kmほど移動してMayumbaという海辺の村へと向かう。途中の引き締まったダートが爽快だった。

宿の駐車場にて、PrinceとPatricという二人組に出会った。二人は医療関係の仕事でMayumbaに来ていて、大量の蚊を一匹一匹小さなガラス管に入れ仕分ける作業をしていた。

蚊は地元の若者がバイトで捕まえていた。自身をエサとして蚊の多い場所に身をさらし、血を吸いに来たやつらをひたすら延々と捕まえる笑

彼らとはよく飲んで、よくおごってもらっちゃった。赤道直下の暑い中、のどかな漁村でアフリカの海を眺めながらビールは、なんともうまかった!

Keep on Rolling.