9/12-13 この旅2回目のロシアを行く

9/12 「さぁ、ほんの数日だけどまたロシアを走るぜ!!」と、Kosh-Agachという町の宿を鼻息をフガフガさせながら出発したわずか10秒後、最初の右コーナーでリアタイヤがズルッ!と滑った。リカバーして「石かオイルか踏んだかな!?」と思い再び寝かせたところ、今度はズルズルッ!!となった。「こりゃパンクっぽいなぁ。。」と路肩に停めてタイヤを見ると、手で押せるほど柔らかくなっていた。どこかで必ずパンクに遭うと思っていた日が来たのだ。すぐ横の開店前のお店のベンチに荷物を全部置いて、予備チューブとの交換作業を行う。

原因は、小さな小さな針が刺さってた。

外国人が何かやってるよ!と子供達が集まってきたので、携帯用の小型ポンプゆえ100回以上は押さねばならない最後の空気入れ作業を手伝ってもらった。スパシーバ!(ありがとうのロシア語)

ちょっと一息つきたいな、とも思っていたので、この日はアンラッキーデーなのだ!と割り切り、同じ宿に戻ることに決めた。この宿にはキッチンがあるので自炊をしていると、昨日は普通だった宿のおかみさんが入ってくるが、目が明らかにイッちゃってるので、危険を感じて追っ払う。そういえば昨晩、女性の鳴き声やわめき声がうるさく、どの客だ!?と思っていたが、オーナーじゃん。。

その後エディというイギリスからやって来たライダーが泊まりたいと入ってきたので、「おかみさんヤバイよ」と忠告してあげた。モンゴルからロシアを抜けて日本へ行く彼と、互いに来た道の情報交換をガッツリした。また、エディは俺が昨日モンゴル国境を抜けてすぐに会った、俺と同じTT-Rに乗るイギリス人のダニエルとキルギスで会っており、連絡先を知りたがっていたので教えてあげた。「ライダーはみんな家族みたいなもんだな!!」と笑った。

9/13の朝、おかみさんは普通だった。。躁鬱病か何かかな?

Biyskという町まで来る山間部のルートには雪が積もっており、走ってる最中にも雪が降った。もう少し遅かったら通れなかったかもしれない、ラッキーだ。

雪ゾーンを抜けた後寒さでヘコんでいたガススタで、給油している牛(給水だけど)を見て、笑わせてもらった。

あと、こんなのにも。

早ければ明後日にはカザフスタンに入ります!

9/5〜9 モンゴル後半の総集編

ロシアの途中から全開にするとボコつくキャブレターを掃除して、好天を待ってウランバートルからリスタートしたのは、9/5㈫の夕方だった。キャブはメインジェットの穴近くに、小さな使い捨てウエスのような物体を発見。多分俺が日本でOHした時の忘れ物だ。。

しかも火曜の昼に「さぁ行くぜ!」と思ったらオーバーフローしている。。また外して開けるとバルブシートOリングが切れていた。スペアは無い。。結局、大島さんがレンタル用に数多く保有しているバイクの中からセローのOリングを外して移植し、復活した!大島さん、最後までお世話になりっぱなしで本当にすいません。そして心からありがとうございす!

その日は西へ走れるだけ走りタイムアップ、潰れたガソリンスタンドの建物の裏に隠れてのキャンプとなった。遠くに見えるゲルに住む遊牧民の少年が馬でやってきてテントの設営と撤収を手伝ってくれたのはいい思い出だ。朝は彼にコーヒーとクッキーをあげて一緒に朝食をとり、彼が住むゲルを見せてもらってからスタートした。

道中でJohnというアメリカ人ライダーに会う。ヨーロッパやアジアのライダーとは会ってきたが、アメリカは初だった。彼は最初(どこからかは忘れてしまった)自転車でスタートし、モンゴルでヤマハの125ccバイクを買ってからバイク旅にスイッチしたらしい。途中一緒に走ったりしながら、Bayankhongorまで行った。

よく朝Bayankhongorから西へ1kmほど進むと道路が無くなり、最初どっちへ進めばいいのかわからなかった。

ここから約250kmは、方角とタイヤ痕、時には家畜の足跡が作った道を頼りに進む旅となった。

スマホの地図ではA0303というハッキリした道になっているが、そんな道は無かったので注意。工事中の道があったので、何年か後にはつながるのだろう。

丘を下った先がフカフカの砂になっていてフロントをとられたり、一度現れた走りやすい固い場所で深い溝にタイヤがはまったりして二回転倒したが、バイクも体も無事だったのは良かった。

Bayankhongorで給油を忘れた俺は、まさか突然このような道になるとは思わなかったから、何もない荒野に延々と伸びる道を進んでいくにつれて、ガソリンの心配しか頭に無くなった。ラフな道なので燃費は落ちるから、計算すると次のガソリンスタンドまでもたない。。こうなったら車をつかまえてガソリンをもらうしかない、と思うもたまに通る車は工事関係車両=ディーゼル車ばかりだ。ヤバイク!と焦りながら祈るような気持ちで進み続けると、5〜6のゲルからなる小さな小さな集落が見えてきた。ここかしかない!と思い目に入った男女に近づき、タンクを指差して「No benzine!」(ベンジン=ガソリン)と最高の困り顔で伝えた。男がタンクを覗き込み、「こりゃ足りねぇなぁ」的なリアクションをくれた。それは俺も知っている!だからガソリンを買うから車やバイクから入れてくれ的なジェスチャーをすると、できないという反応が返ってきた。そして女性が、一時間半程厳しい道と格闘してきたBayankhongorまで戻って給油しなさいと言う。。それも最終選択肢として考えていたが、できればやりたく無いんだ。。

ガソリン買わせて!→できない、戻れ!

のやり取りが10分ぐらい続いただろうか、、こりゃ無理かなと諦めかけた時、別の男性がやってきて、どうしたんだ?と話を聞き、何かを言った。野次馬だろうな、、と思った次の瞬間、女性から「ガソリンを入れてあげるよ」的なリアクションが!どうやら第三の男は集落の権力者だったようで、困った旅人にガソリンを売る許可を彼らにあげたのだった、、!それだけここではガソリンは貴重ということなのだろう。厳重な鍵のかかった倉庫の中に入り、洗面台の下のスペースに隠してある2Lコーラのペットボトルに入ったガソリンを念のため6L、リッター110円=街よりも40円ほど高い金額だったが購入し、難を逃れたのだった。

この日は動物も人もやって来ない原野でキャンプをして、翌日8日の午後にこの補給が難しいエリアを脱し、Altaiという町へと辿り着いた。9日は野生のラクダが沢山いるGobi Altaiエリアを走り、Khovdという町まで進んだ。今日10日はロシアの国境に近いUlgiiという町まで進むが、また道は無く形跡をたどりながら走ることになる。

8/21の出来事 Heavy Weather

激しい雨が降ったり止んだりしていた。

この雨の後だったら昨日の道はまず通れなかっただろうな。これから街を出る道は荒れてないだろうか?など頭を巡らせながら、バイクの元へ。無事だった!

バイクをかくまってもらった工場のボスに礼を言い、約束の200ルーブルを渡すと彼は受け取らなかった。それどころでない。右側のスイングアーム下の地面だけはっきりと濡れているので、気になって触るとグリスのようだ。。まさか、どこか破損して漏れ出してるのか??と、泥だらけの車体から場所を見つけるべく覗き込むと、ライトで照らしながら俺よりも必死なぐらい真剣に探してくれようとしている。しかし、どこだか分からない。。そしたら、「君のバイクはどこかおかしいから、今すぐにこのトラックに積んで修理に出そう」と言うのだ!!(ジェスチャーからの推測)仕事始めの月曜日の朝だ、普通ならばとりあえず早く出て行ってもらって、後は自分で解決してくださいってはずなのに、なんて優しい人なんだ!申し訳ないけど仕方ないかなと思った時、右サイドバックから液体が滴った瞬間、理解できた。原因は右サイドバックに入れたチェーンルブの缶が中で破裂して漏れていたのだった!常に固い表情の彼も、この時は笑顔を見せてくれた。最高に強くて格好良くて優しい男との別れに、この旅で初めて涙が出た。

(蚊に刺された右まぶたが腫れております)

昨晩教えてもらった道を目指すも悪い予感は的中し、通るはずだった道が今朝の大雨で水没して進めない。

迂回路を探し、昨日よりはまだマシな泥と池の道を経由しつつも、ようやくこの街から抜け出すことができたのだった。

慣れ親しんだアスファルトロード帰ってきた時、すごくホッとした。この二日間の出来事は、「ロシアの延々と続く単調な道には飽きた」と思っていた自分への、ロシアの大地からの洗礼かもしれない。そう思ったら、走りやすいこの道への感謝の気持ちが生まれ、そして楽しくなった。

この日はすごく天候が悪く、その先も大雨、濃霧、雷、突風と戦った。が、これもロシアの大地からの洗礼の続きだと思い、「俺が悪い!」と思えばぜんぜん辛くなかった。

(もう一つ動画がありますがアップロードできなかったので、追々やります)

マグダガチという街は 苦しみと喜び両方で忘れ得ぬ思い出をくれた。ありがとう!

この夜はガソリンスタンドの横にバイクを突っ込みのにちょうどいい小屋を見つけ、日に日に一緒になって汚れていくも、思い出と愛着が増えていく相棒を眺めながら眠りました。

8/20の出来事

この日は最後の最後に、大きなドラマが待ち受けていた。

(今回長くてすいませんが、良かったら最後までお付き合いください!)

何の問題もなく、今日もただひたすらに西へと走り続ける。こんなにアスファルトをかっ飛ばし続けるなら、ロシアはブロックタイヤだと減りがもったいないから、ロードタイヤ履いてくれば良かった、と冗談半分に考えながら。ちょうど今日の走りを終わりたいぐらいの所に、地図で777という名前のモーテルを発見。

縁起の良い名前だし、ロシアンモーテルデビューしてみるか!と意気込むも、フロントの女性から「Net(ニィェット)」=No、空いてないと連呼される。隣りにカフェも併設していたので、前日成功した『食べるから店の横にテント張らせて』攻撃を仕掛けるも、Netで反撃されてやむなく退散する。

この時期のロシアは20時半ぐらいまで明るいが、19時を過ぎていたので走るのはやめて、しかもこの日夕方からおそらく15℃近くまで気温が下がりかなり体が冷えたので、最寄りで泊まれそうなところを探すと、10kmほど戻ったマグダガチという街には宿が2軒ある。

空港もあり鉄道も走っているので、大きな街だなと思い向かった。

そして、幹線道路のR297看板を右折して側道に入ると、、村へと続く道は、ど真ん中に大穴が空いた泥の池の連続だったのだ。

完全に面食らうも、幹線道路から村へと入る道が未舗装路な景色はよく見ていたので、さほど気にせず進み始めた。というのも、最初は上の写真のような道幅いっぱいの池ではなく、避ければ進めるレベルだったし、ハードルを乗り越える楽しみを抱いた。しかし、5箇所ぐらい通過してから完全に池の中を進まざるを得ないものが出現した。

オフロード未熟者の自分は、こんな道を進んだ経験が無い。どのぐらい深いか予測がつかない。荷物は満載で二人乗りに近い重量、池の真ん中で水没やスタックしてもしもバイクが横っ倒しになったら、荷物はおろかバイクも水吸って終わりかも。街まではまだ遠いので、誰も通らないこの道で夜を明かすことになるのか。。など一気に不安になり、この道を進んできたことを後悔した。しかし先を見ると、目の前の池を通過できれば普通の道になっているように見えたので、少しでも浅そうなラインを予測して突っ込み、なんとか突破することができた!

しかし、実際には手前からはわからなかっただけで、また泥の池で塞がれていた。後戻りすることも少し考えたが、いまギリギリで渡れたところをもう一度行けるか不安だったし、何よりも「大きな街につながる道がこんなにもグチャグチャなわけがない、きっとこれが最後だ」と思い込んでいた。

結局、それから10回ぐらい水の中に突っ込むしか道が無いところがあり、大小含めて全部で30個ぐらいの池を通過した。途中2回スタックしたが、バイクを降りて全力で押しながらアクセルを回し、よろけつつもコケずに何とか突破することができた。。!冷え切っていたはずの体は汗ダクで、何よりもやっぱブロックタイヤ履いといて良かった!!と心から思った。しかし、今思えばまるで侵入を拒むような道に感じる。。

その先に進む。が、一向に空港も街も見えてこない。ここまで来たら行くしかないんだ!ととにかく突き進むと、遠くにボロボロの家々が見えてきた。まさか潰れた街なのか??と、最後は泥の中に50cmぐらいの深い轍がそこかしこについた道を100mぐらい走り、ようやく街の中へ。家々はまるで廃墟のようにボロボロで、街の中の道路も未舗装ガタガタ、照明もまばらで薄暗いが、人々がいた。

これはヤバい街に来てしまった、、と思いつつも、他に行くあてが無いのでとりあえず地図で見つけた宿の一つに向かう。たどり着くと外観が悪いので、さてどうしたもんかと躊躇していたところ、「Do you need a help?」と英語が聞こえた。振り向くと若い男女がいて、女性の方が英語が話せた。男性がバイク乗りだったから話しかけてきてくれたのだ。見せてくれた写真は、同じヤマハのセローだった。

彼女に仕方なくこの街に泊まることになったことを説明し、治安を尋ねたところ、やはり危険な街でありこのままでは荷物もバイクも奪われてしまうだろう、と言われた。そしてそれを逃れるためには、今すぐもう一つの宿(いま目の前にある宿はヤバイと言った)に行って部屋に入った方がいい、と。彼らに礼を言い、その宿へ向かう。

たどり着き、受付の女性に今晩泊まりたいとグーグル翻訳を駆使して伝えるも、5秒ぐらい無反応の後に好意的では無い表情でロシア語の返事が。突然泥だらけで現れた外国人に関わりたくないのか。。

頼みの綱が無くなりそうで困ったと思ったところ、同じアジア系の顔をした英語がわかる男性客が現れ、仲介をしてくれた!彼の仲介のおかげで良い方向に転じ、そしてとりあえず泊まれることになるが、バイクがヤバいとのこと。バイクがヤバい、つまりヤバイクならばここには泊まれない、、しかし今から別の宿を探すのは厳しいと思い、ガレージなどに入れてほしいと頼んだところ、受付の女性が隣りにある工場の長に電話をして、その工場の長が来て中へと隠してくれたのだ!ただし200ルーブル=約400円払うことになったが、断れるわけがなかった。ちなみに、ホテル代は1000ルーブル=約2000円、これでも緊急対応分を乗せた値段なのだろう。

21日の朝、無事バイクと共にスタートできたら、街の様子を写真に撮ってアップしたい。今日はその余裕が無かった。

違う道を通る脱出ルートは、自分を助けてくれたアジア系の彼に聞いている。