Into the wild D.R.Congo.

07 May テントをたたみ、村人から水を分けてもらって、コンゴ共和国からコンゴ民主共和国(DRC)へ行けるはずの道へとアタックする。車は入れない、バイクしか行けない幅だった。

この道で本当にいいのか?お願いだから、途切れていないでくれ!と、まだかまだかと祈るような気持ちで走る。数キロが、ものすごく長く感じる時間だった。

やがて、集落が現れた。

俺「ここはDRC??」

村人「そうだよ」

やった!!ここまで手探りな国境越えは初めてだったので、すごく嬉しかった。

デジカメに興味津々だ。

しばらく談笑していると、一人の男がや「イミグレーション」という言葉を口にした。バレーボールのユニフォーム・短パン・ビーチサンダル、ただの村人だと思っていたヤツはここのポリスだった。僻地すぎて入国イミグレは無いかも、と思っていたからラッキーだ。この小屋の一室に入る。

スタンプは机上にあるも押してくれず、やはりお金を要求してくる。が、もはや1対1なら負ける気はしない、適当にいなして押してもらった。本当にDRCに行けるのかわからない道を進み、不安と苦労の末に手に入れたから達成感もひとしお!下の黒いやつがそれ、フランス語だとRepublique Democratique du CongoだからR.D.Cとなっている。

ついでに交渉して、ポリスに通貨の両替もしてもらった。全部で一時間ぐらいかかったが、その間小屋の周りをぐるりと村人が取り囲み、窓やドアの隙間からずっとのぞき見していたからおもしろい。

いざ、DRCを進む。

さらなる悪路が待ち受ける。タイヤ一本乗せるのがやっとの極細な山道では、エンジンを切って両足で歩くようにして、ルートを外れないよう必死で下った。

平地に出た後は、泥道だった。

水溜りでのスリップ転倒。マフラーから側に倒れ水が入り、エンジンがかからない。人手が無くて、バイクを垂直に立てて水を抜くこともできない。苦労の末に何とか復活、マフラーが吹き出した水で地面を汚してしまった。

フルパワーでアタックして、二時間で20km進むのがやっと。どこまで続くのかわからない徐々に悪化していく道に、不安と消耗はつのる。

Sumbi(スンビ)という村に着き、ポリスの検問でいろいろ確認された後、ジュースを買ってひと休みしていると、この村で英語の先生をしているというGautuier(ゴーチェ)という男が話しかけてきた。彼はこの先のTshela(チェラ)という町に仕事で行くことがあるらしく、道の様子を聞くともっと酷いらしい。そうなると、俺一人の力だけでは突破できない箇所がありそうだ。そこで、ガソリン代と御礼を払うから、Tshelaまでのサポート同行をもちかけたところ、かなり迷った末にOKしてくれた!

結果、この判断は大正解だった。旅の中でワースト1の泥道で、どの部分を走れば進めるか見極めるのが本当に難しく、この道に慣れている彼がいたから突破できたし、二人がかりで押さないと進めない場所も何度かあった。

ビデオカメラのバッテリーが切れていて動画は撮れなかったのがちょっと残念。

また、道中のポリス検問では何度か賄賂要求があり、中にはあからさまにライフルをチラつかせてくる野郎もいたが、地元民の彼がうまく話をつけてくれて払わずに済んだ。

腹が立って、Gautuierに聞いた。

「なんでこんな道なんだ?こんな車が通れない道じゃあ途中の村々は生活物資の確保だって難しい。政府は何をやっているんだ?」

すると、こう言った。

「政府の役人は国のお金をライフラインやインフラの整備に使わないで、自分達の給料にしているのさ。俺達のことなんてどうでもいいんだ。」

Tshelaには17時頃になって到着し、ここでGautuierに御礼をして別れる。ここから今日の目的地Boma(ボーマ)という町まではまだ100km以上あったが、これまでの道よりは良くなったので、走り続けた。

20時を過ぎて、ようやくBomaの入り口まで来た。少し手前地点から激しい雷雨となり、町にも関わらず多くの道が水没していて路面が見えない。暗闇と雨で余計に見えず、予期せず深い水たまりに突っ込んで泥でスタックしそうになった。この雨の中でこれ以上進むのは危険だ、そう思って閉店したお店の軒下に避難し、缶詰を食べたり地図をチェックしたりしながら、小一時間ほど休憩と雨宿り。

すると、荷台に6人のが座ったパトカーが前で停まった。嫌な予感がする。懐中電灯で照らされ「ここで何をしてるんだ?」と聞くので、「ツーリストで雨宿りをしている」と答えると、スマホを取り上げられて「警察署に来い!!」と強制連行しようとしてきた。

過去の投稿にも書いてきたし先述のGautuierの意見のように、アフリカでは国家権力による汚職が当たり前に行われている。彼らに金品を取られないよう、正直言って対一般市民以上に警戒してきたのだが、賄賂で有名なここDRCで拘束されるのはヤバい。しかし、次にパスポートも取り上げられてしまった。もはやどうしようもない、行くしかないとバイクに近づくと、「ダメだ、ここに置いてパトカーに乗れ」と言う。

これが盗まれたり没収されたら旅は終わる。「絶対に嫌だ!」と抵抗すると、今度はバイクのキーを取ってその場から持ち去ろうとしてきた。最悪な展開だ。苦労して入国して、悪路でドロドロになりながら進み、ようやく町に着いたと思ったらズブ濡れ、最終的に知らないヤツにバイクを乗られて荷物ごと手元から消えようとしている。。。

しかし、バイク担当者の頭が悪かったのか?不器用だったのか?ロック含めて全部で5本のキーが束になってるのだが、どれが本物なのかがわからず、一つずつ試すが入らない。

本物でも合鍵のため純正キーのようにスルッと入らず、刺すためにちょっとコツが必要だったのだ。当然教えず、なぜかそいつも聞いてこなかったから助かった。キーを奪い取った相手に対し、「開けてください」と聞くのが恥ずかしかったのかもしれない笑。5分ぐらいガチャガチャやった末に諦めて、俺がバイクを動かすことを許された。パトカーに付いて警察署へ行く。バイクと切り離されるのは何よりも怖かったから、とりあえずよかった。

その後署で尋問されて、捕まった理由がわかった。俺が休んでいたエリアは強盗などの犯罪多発地帯で、夜に軒下に潜んでいた俺を窃盗犯と疑って捕まえたのだった。夜にあそこに一時間いて、バイクも荷物も盗まれなかったのはたまたま運がよかっただけだぞ!?とまで言われてしまった。彼らは賄賂ポリスじゃなくて、ちゃんとした正義ポリスだったのだ。疑ってスンマセンでした!!

そして、結果的に捕まって良かった。ここで俺を尋問したPompidou(ポンピードゥ)という位の高いポリスと仲良くなって、面倒を見てくれたのだ。

一見とてもポリスには見えないが、市民に溶け込むためのカムフラージュで、実際はこの町の警察の司令官の一人。

安宿を教えてくれたり、国境では手続きできなかったカルネ(バイクの輸出入書類)を作成してくれたり、俺が必要なもの(壊れた靴に変わる新しい靴やSIMカード)を一緒に買いに行ったり、Barに行ったりと、Bomaで過ごした5日間毎日会ってサポートしてくれた。しまいには「俺からプレゼントだ」と、彼の部下が汚れていたバイクを洗ってくれた。

一人旅で現地人の味方ができるのは何よりも心強いが、(ちゃんとした正義の)警察の偉い人なら最強だ。この災いが転じたのおかげで、DRCの町中で何も心配なく過ごすことができたのだった。

Keep on Rolling.

Cross border from Congo to D.R.Congo,hard work again!

※コンゴの人々や街の様子は、のちのち書いてお伝えしたいと思います。(もはや帰国後のアップになっちゃうけど、、)これらの情報なら、他の人が書いたやつの方が立派なはずだし!、、、というわけで、とりいそぎバイクで走ったコンゴにフォーカスしてお届けします。

20 April 苦労の末に入国できたコンゴを南下する。相変わらず柔らかい土、泥水たまりだらけの道は難しく、10時過ぎに国境をスタートして6時間走り、進めたのはたったの約130kmだった。完全なオフロードタイヤではなくてオンとオフ半々の物を履いているので、泥で溝が詰まりツルツルになって苦労した。

手前からは短く見えても、けっこう長かったりする。

この日泊まったKibangouの光景。

電気も水道も止まっていた。コンゴは慢性的に電力不足で、それによりポンプが動かず水も出ない場合が多く、溜めた雨水で体を洗うのが普通だった。

21 Apr 今日も荷物満タンのバイクに乗り、たった一人見知らぬ国を進む。ピンチになっても味方が現れてくれるかわからないから、道の険しさに比例して恐怖心も増す。もしもケガや故障で動けなくなってしまったとしても、いつ誰が助けてくれるかわからないし、逆にバイクや荷物を奪われてしまうかもしれない。ワイルドを楽しみたい気持ちもあるが、それ以上に転倒・水没・負傷・消耗等々を絶対に避けたい心が上回り、攻めではなく守りの走りになる。全力で集中しつつも、心と体に一定量の余裕を残せるようペースを落として、自分を追い込まないように努めた。

Kibangouから悪路を20kmほど進むと徐々に走りやすくなり、さらに30kmほど進むと舗装路の建設途中、固くて平らな土へと変わった。やった!

これで体力と神経がすり減るアタックゾーンからひとまず脱出できた!!と、心から喜んだ。

大げさな表現だが、孤独な戦いから無事に生還することで、一生忘れないほど大きな達成感と充実感が祝福してくれる。そして、何かを学んだような、少し成長できたような気分になれて、嬉しい。

さらに約80km進んだDolisieという町に着き、まだ時間は早かったがこの二日間はすごく疲れたので、宿に入って休息。

ここコンゴ共和国(Republic of Congo)の次は、コンゴ民主共和国(Democratic Republic of Congo、DRCと略される)へと進むことになる。

最も一般的な国境越えのルートは、コンゴの首都Brazzaville(ブラザビル)から、DRCの首都Kinshasa(キンシャサ)へ、国境となるコンゴ川を船で渡る行き方。今いる沿岸部のDolisieからは約350km離れていて、道中は大量のポリスが舌なめずりをして待ちかまえる賄賂街道らしいし、船代も足元を見られて吹っかけられまくるらしいし、どの国でも大都市ほど事故事件が起きる可能性が高いし、、、等々の理由から、なるべく人目につかない超マイナーなルートからDRCに潜入したいな〜と考えていた。

問題は、道だ。コンゴは主要都市周辺以外は未舗装だと体感したし、DRCはより一層の悪路と聞いている。この両国の国境越えを、なるべく人目につかない道でやってやる!と突っ込んでいって、過酷すぎて返り討ちにあったら困るので、まずは空荷で偵察に行くことにした。

23 April  黄緑色のエリアにあった細いルートを狙う。

走った印象は、油断はできないけど苦戦はしない道、といった感じだった。

雨が降ってきたので途中で中断、引き上げきたからその先はわからないが、ここを進むことに決めた!

諸事情により5月5日から有効になるDRCビザを持っていたため(理由がわかる投稿へのリンク)、それまでは沿岸部のPoint-Noire(ポイントノアール)いう街でで過ごした。ここでの出来事は後日追って書くこととする。

06 May コンゴ➡DRC国境越えに挑む。結果、偵察した範囲よりも先が本当にきつかった、、、!!100回以上は泥水溜まりに突っ込んだはず。

走るのに必死で頭が働かず、思ったことがそのまま口に出ている。コンゴ人相手に日本語で「来い!来い!」って言っても、通じるわけがない!笑

↑ここは歩いて確かめたら、バイクが水沈しない深さだったので突っ込んだ。以下がその動画

↑ここはバイクが完全に沈没してしまう深さのため、左の木の板に乗せるしかなかったが、不安定ですごく怖かった。バランス崩してドボン!となったら一環の終わりだ。

↓こういう橋もバイクの重みで木が折れそうでヤバかった。

道中には、小さな集落が無数に点在していた。当然電気や水道は無いし、畑や牧場も見ない。コンゴ人はどこでも生きていけるんだなと思った。また、このルートを通る部外者がよほど珍しいのだろう、通り過ぎる瞬間に何かを言ってきたり止めようとしてくる人(お金が目当てだと感じた)が、過去最多だった。追い付けないスピードで駆け抜ける。

どうにか進み続け、俺が狙っている国境越えの道へと続く分岐点まで来た。しかし、とても進みたくないような獣道っぽい感じだ。

村人が集まってくる。彼らのペースにならないよう大きな声と態度でいく。「ここを進めばDRC!!??」すると、「そうだが、雨季だから川ができて妨げられている」と返ってきた、、、何てこった!!

しかし村人たちが、分岐点を折れずに直進していった先のKindouという所からDRCに行けて、そこなら川は無いぞ、という。だが、Google mapでもMaps.meでもミシュランの紙地図でも、この道は途切れていてDRCまでつながっておらず、Kindou(キンドゥ)という地名も見つけられない。

国境線の上がCongoで下がDRC。

地図を信じるか、現地人の情報を信じるか。多くの人がこの先のKindouからDRCに行けると言うので、進むことに決めた!もはや道の様子どころか本当に道があるのかすら確信がないが、ここまでやっとの思いで進んできた道を戻りたくなかったし、正直二回は通りたくない道だ。また、コンゴビザの有効期限が明日で切れてしまうので、時間も無かった。良い理由ではないが引くに引けない、退路は無いような気持ちが前を向かせた。

Londela-Kaye(ロンデラ-カイ)という村で検問が出現。ここがイミグレーションだと言うので出国スタンプを要求すると、離れた小屋からポリスを応援に呼び、三人がかりで一万円近くの賄賂を請求してきた。英語が通じないが、国籍を確認されて紙に金額を書いてきたので、どうやら「外国人は出国時にこの金額を払わないといけないルールになっている」と言っているようだ。「外国人だからビザ代を払って入国した、なんで出国するのにそれ以上の金額を支払う必要があるの?」と言うも、言葉がわからないので通じず、抵抗するが彼らも引かない。思わぬタイムロスだ、まいったな。。。すると業を煮やした彼らが、英語を話せる上司に応援を求めて電話をかけたのだが、ラッキーにもこの上司が俺の味方になった笑「いいか、ここを出て先に進めば違うポリスステーションがあるから、そこへ行くんだ」と教えてくれたので、電話を切ってすぐに脱出!急いで先へと進みポリスステーションを発見、ここにいた別のポリス(優しくてカツアゲ野郎たちとは大違い!)スムーズにスタンプをもらうとさっきの奴らが追いかけて来たが時すでに遅し、俺の勝ちだ!!

出国手続きが済んだことに一安心するも、以前として道のりは険しい。地図上最後の村(といっても数軒の家があるだけ)Mbiongoで、ついにKindouという看板が登場。

その先から急な登りが始まった、山間部にある国境が近づいてきた証拠だ。山登りの途中、石に引っかかってエンストして支えきなくて転倒もした。登り続けた先に平地が現れ、どうやら最高地点に出たようだ。数軒の家がある、ここがKindouか?と尋ねると、そうだった。この先道はさらに細くなっていて、16時を過ぎた今から進む気にはとてもなれず、本当は今日中にDRCに入る予定だったがここでストップ。空き家の横にテントを貼らせてもらった。

スマホ地図のGPSを見ると、現在地点はもはや国境線を越えてDRCサイドになっていた。GPSがズレているのか、この集落の位置が実際にはDRCの領土内に位置しているのか、道も集落も地図に無いからわからない。そこまで不明瞭で済まされている極細な国境を、手探りで越えようとしていた。

Keep on Rolling.

Cross border from Gabon to Congo, that was hard work.

19 April この日はすごく大変な一日になった。

Tchibangaという町の教会(タダで部屋に泊めてくれて3泊した)を出発したのは11時前。話したりしてるうちになんだかんだ遅くなった。広い敷地の中にあり、優しい神父とかわいい子供たちがいる、楽しい場所だった。

服とか散らばってるけど、寝るには充分

まぁ、ここから次のRepublic of the Congo(コンゴ共和国)の国境までは約150kmと近い。この時間から出発して、国境越えに何時間か要したとしても、コンゴに入ってそれなりに先まで進めるだろう。そう考えていた。

ガボン最後の町、Ndende(ンデンデ)を昼過ぎに通過し、南東へと進路を変えるとやがてオフロードになった。最初は固く走りやすかったが、進むにつれて泥まじりの柔らかい地面へと変化し、道との格闘がはじまった。コンゴは悪路が多いと知っていたが、まさか国境約50km手前のガボン側から始まるとは想定外だ。

途中、トラックがスタックしていた。そこから10分ぐらい走った先の大きな泥水溜まりで、ルートをミスり今度は俺がスタックしてしまった。

こういう箇所では水の中に突っ込んでいった方が車が固めた轍の上を走れ、スタックしにくいとわかってはいるのだけど、避けられるものなら入水は避けたい。水面下の状態や深さがわからないので、泥水溜まりの中ではまり動けなったらより辛いし、最悪転倒してしまったら電気系統やエンジンに浸水してバイクが壊れかねない、、、という不安から、土の状態を確認せずに水の無い所へと進んだ凡ミスだ。

積荷を降ろし、バイクをプッシュして抜け出そうと試みるも失敗。ついにこの旅で初めて、一人では脱出できない場面が訪れた。

さて、どこに行けば人がいるかな、、、そう考えて少し休んでいたら、さっきのトラックがスタックから脱出してやって来た。ラッキーだった!

その先も、奮闘しながら進む。

ポリスの検問所が現れた。この道をバイクで、しかも日本からたった一人で来たことにめちゃくちゃ驚いてくれた。通常、出国スタンプは国境上もしくは国境から一番近いイミグレーションオフィスでもらえるが、ここは周りに何も無さ過ぎる場所だからなのか、出国スタンプは置いてない!最後の町=約40km前のNdendeのイミグレーションオフィスにある、と言われてしまった!!そんなの知らねーよ、、、

スタックによるタイムロスの影響が大きいが、たかだが40km程度の距離を約2時間格闘したこの道を、出国スタンプをもらうためだけに戻って、また来ないといけないのか、、、そうショックを受けていると、ここで別のスタンプを押すからそれで国境を通れるよう特別に対応しようと言ってくれたー!!!そりゃそうだ、知らないで来る人も多いに違いない。

国境まではあと10kmぐらいだ。周囲にはドス黒い雲、雨が来ないうちになるべく進みたい。おりゃ〜!!と3kmほど進んだところで、この日2回目のスタックをしてしまった。。。今度も一人では脱出できず、しかしここにいてもずっと誰も来ないことは明白なほど、道中人や車に会わなかった。さっきの検問まで歩いて戻るしかない、道の真ん中ではなく端でスタックしたのが幸いだ。バイクはその場に放置、積荷は降ろして脇の草むらに隠し、旅にマストなアイテムが入っているバックパック(けっこう重い)とウエストバッグは身につけて、水を持ち、10分ぐらいで走ってきた約3kmの道を、1時間以上かけて戻った。

検問に着いたのは17時頃、閉まって人がいなくなる前に間に合って良かった!そしてここのポリスがいいヤツで良かった。車があることを期待したが、無かったためバイクの元へと再び歩く。しかし、「Help me!!」を言う相手を探して歩く3kmと、助っ人が見つかって一緒にバイクの救出へと向かう3kmは、後者の方がはるかに気が軽かった。しかし、二人では苦戦しそうな気もしたため、「もう一人いたヤツは来ないの?」と聞くと、「後ろから追いかけてきている」言うが、まったく姿が見えない。来ないかもな〜、と思っているうちに強い雨が降ってきた。

まだ2kmはあるな。バイクは泥にタイヤがめり込んで直立してる状態だから、雨で泥が緩んで倒れないでほしいな。そんな不安とともに雨に打たれながら黙々と進んでいると、後ろから何やらエンジン音が聞こえてきた。近づいてくる、かなり大きなトラックだ!ラッキー!!検問にいたもう一人のポリスも乗っていて、事情を説明済みだったので話が早い。すぐに荷台に飛び乗り、バイクへと向かった。

助っ人ポリスの後ろ姿

このトラック野郎達に会えたからこそ、俺はコンゴに入国することができた、といっても過言ではないかもしれない。5人の中でリーダーのレニンは英語が話せて、俺にすごく協力的だったから、国境通過まで一緒に進んでサポートしてくれたのだ。日が落ちて真っ暗、雷が鳴るどしゃ降り、ガタガタドロドロの悪路。俺のヘッドライトじゃ前がよく見えない中で、後ろからのトラックの強力なライトが照らしてくれたおかげで、路面が見えた。俺はここに突っ込むのか!?と躊躇するほど大きくて深そうな泥水溜まりもあったが、はまっても助けてもらえる心強さが背中を押してくれて、突破できた。

ずっと一本道だったのに、分岐点が現れた。明らかに太い右へと向かうと、トラックのクラクションが違う!と教えてくれた。一人なら確実に右に行っていた。激しさを増す雨の中必死に走り続けていくと、またしてもクラクション。停まって辺りを見回すと、右後方に小さな小屋があり懐中電灯を持ってカッパを着た人がいる。ここがガボンの出国イミグレーションだった。真っ暗+停電+どしゃ降りで全く気付かなかった、一人なら確実にスルーしたはずだ。

出入国ボーダーではいつも神経質になる。時に面倒な手間と時間を要し、賄賂を取ろうと難癖をつけてくるイミグレ官もいる。ここにたどり着くまでに想定外の消耗をした今回、ズブ濡れで真っ暗な小屋に入り一人でイミグレ官と戦うのと、レニンが味方してくれるのとでは大違いだ。彼のおかげでスムーズにガボンを出られた。

しかし、コンゴの入国は一筋縄ではいかなかった。

2ヶ所の小屋でパスポート情報の登録(といってもノートに手書き)をして、さらに違う小屋へ。雨が当たらない軒先に、男二人と女一人が座って大きなの声でしゃべっている。男の格好は二人ともタンクトップにジャージの短パンにビーチサンダル、女はチキンをかじっている。みんな酒くさくて酔っていて、こりゃあBarの風景だ。

入国スタンプを押してくれとパスポートを渡すと、ガボンの出国スタンプをチェックして「これじゃ駄目だ」と言ってきた。予想していた展開だ。「これで通れるって言われたから来た、俺は悪くない!」と何度言い返してもヘラヘラ笑われるだけだった。しかし、ここでもトラック野郎たちに救われた。このルートのベテランである彼らも、俺と同じ非公式スタンプだったのだ!レニンの「このスタンプで俺たちは通るから、君も大丈夫だ」という言葉は、なんとも心強かった。そして、「私たちは仕事の関係で今日中にまだ先に進まないといけないが、君はここに泊まった方がいい。一軒だけ宿がある」と教えてくれた。今日はこれ以上とても進めないけど、どしゃ降りすぎてキャンプはしたくなかったから、助かった。

だが、嫌な状況はまだまだ続く。入国スタンプは明日押すと言われ、パスポートを取られてしまったのだ。やばい、、、人質を取られたようなもんだ。いま押してくれ!と抵抗するも、今日はもう時間が遅すぎるという。確かに19時を過ぎている。店じまいはわかるが(だから酒くさかったのか〜)、パスポートを預かる意味がわからなかったので、返してくれ!とまた抵抗。すると見かねたレニンが俺に説明してくれた。以下、レニンと俺のやり取り。

●レ:「君はすでにコンゴにいるが、入国の許可=スタンプは受けていない。本来ならばその状態でコンゴ内に泊まることは認められないが、もはやそうするしかないので、君が逃げないように彼らはパスポートをキープしたんだ。」

●俺:「でも、レニンたちは今日先に進めるのに、なんで俺だけ??」

●レ:「私たちはアフリカ人だし、仕事でコンゴへ行くから簡単に行き来できる。でも、君の場合は彼らが書類を書かなければならないから、それが終わらないとここから先には進ませられないんだ。」

全て納得できる理由ではあったが、明日レニン達はいない。一人になった俺に対して、この短パンビーサン酔っぱらいイミグレ野郎が、金を払わないとスタンプは押さないぞ、パスポートを返さないぞと仕掛けてくる可能性は大いにある。

●俺:大声で「I don’t trust him!!(こいつは信用できん!!)」

●レ:「おっおい、そんなこと言っちダメだ!彼はここのチーフなんだから。大丈夫、明日の朝には君はスタンプをもらえるさ。」

この会話を最後に、レニン達には御礼も言えず、写真も撮れずに離れてしまった。途中から一台の車も見なくなったここまでの道のりで、彼らと合流できたのは本当に幸運だった。

叩きつけるような激しい雨は、夜通し降り続けた。ただベッドだけがある狭い部屋は、停電のため明かりがない。昼食も夕食も食べられなかったが、不思議と腹は減っていない。グショグショに濡れた服やバッグに囲まれ、明日の不安を抱きながら、しかし何も考えずに今はただ休もうと眠りについた。さすがはコンゴ、ウワサ通り手強いぜ、国境からいきなり、、、と思いながら。

この日はバイクもくたびれたはず。

翌朝、雨は止んでいた。バイクの右側にある、木のドアの中の部屋に泊まった。

支度を終えて、いざ勝負!!と決戦のつもりで8時半にイミグレ小屋へと殴り込む。。。

すると!!昨晩とは一変、優しい顔をしたチーフがそこには居て、おー来た来た!という感じで迎えられ、書き上げた書類と入国スタンプを押したパスポートを自慢げに見せてきたのだ!8時頃から朝イチで俺の入国手続きを片付けたってことか、、、なんだ〜!ちゃんと仕事するマジメな人じゃん!!疑ってすんませんでした!!

もう一人の男も、昨晩とはまるで別人のようにめちゃくちゃクールな顔つきになっていて、無駄話は一切なくサクッとカルネ(バイクの輸出入書類)を書き上げた。何なんだ、この豹変ぶりは!?でも、とにかく何事もなく無事入国できて良かった!!

バイクの輸出入手続きを行う、DOUANES = 税関の小屋。ちなみにここはNgongo(ンゴンゴ)っておもしろい名前の地名。

元気な心に戻ると、空腹を感じるようになった。昨晩は真っ暗&大雨で何も無いように見えた周辺には、数軒のBarと屋台があったので、コーラとチキンを食べる。苦労を乗り越えた後の一日ぶりの食事は、体に染み渡った!

Keep on Rolling.

Gabon #1

次に行く国コンゴのビザだけ取って、さっさと進むはずだった国、ガボン。ノーマークだったこの国が想定外におもしろくて、結果3月25日〜4月19日の間ほぼ1ヶ月間滞在した!

①走りやすい道路

クオリティの高いアスファルトが続き、工事中の未舗装区間が少なく、カメルーンよりも山が無くコーナーやアップダウンが無いので、ガンガンすっ飛ばせた。ジャングルのような深い緑の中を、スイスイと駆け抜ける感覚はなんとも爽快だった。

②名物、路上で売ってるBushmeat(野生肉、ジビエ)

サルやシカ、アルマジロ、ヤマネコ、クロコダイルなどの動物が、ドラム缶に刺さった棒に吊るされてワイルドに売られている。さすがにこういうのは買って食べなかったけど、レストランでガゼルは食べた、固くてちょっと臭いが強くて微妙だった。

ヘイらっしゃい!!

何でも食べちゃうからすごい。一見残酷に見えるかもしれないけど、狩猟による捕食は畜産や養殖より自然界の理にかなっている。ただし、展示方法がかわいそうに見える。。

③首都のLibreville(リーブルビル)での思い出

難関のアンゴラ共和国のビザ取得などの関係で(詳細は4月8日に投稿済、リンクはこちら)、この街には2週間近く長居してのんびりと過ごした。

●その1、よく行ったBAR。料理はその辺の屋台で買ってきて持ち込むのがガボンスタイル。この店は目の前の屋台が安ウマで居心地もよく、ほぼ毎日昼に通って常連さんになった。

このおつまみビーフが500CFA(約100円)、注文の度にかまどから塊肉を出して切るからいつもジューシーでアツアツが食べられる。ビールは600ml瓶で600CFA(約120円)

わかりづらいけど、味付きご飯の上に二種類の焼き鳥肉が乗っていて、玉ねぎマヨネーズソースがかかったガッツリめし。1000CFA(約200円)

●その2、スプロケットとチェーンの交換。スペインで買って持っておいたやつをここで使用、これで荷物がだいぶ軽くなった。

フロントスプロケはなぜかほとんど減ってなかったから、交換せずにリアのみ。

交換前。歯が4本も欠けていて、ギリギリセーフだった。。。

交換後。ここで換えれば南アフリカまで持つだろう!

●その3、ナイスなMoto shop

『POWER SPORT GABON』

(この店のFacebookページのリンク)

アフリカで良いバイク屋を見つけるのは至難だが、リーブルビルには立派なお店があった!スーパーでKTM690DUKE乗りを見つけ、いい店知らない!?と聞いたら連れて行ってくれたのが、ここ。

日本やヨーロッパ並のレベルの店で、YAMAHAやKTMのオフ車がたくさん。バギーやジェットスキーも扱い、その関係からかPolaris社のIndianやVictoryまで。その他にもBMWの1200GS、DUCATIのPanigale、MV AGUSTAのF4など、2〜300万円以上するバイクもゴロゴロあった!まさかガボンでこの手のバイクを見るとは思わなかった、売ってるってことは需要があるんだろうなぁ。

ここでエアフィルターをタダで洗浄し、またアメリカ産YAMALUBEをくれた!鉄板の滑り止めのような凹凸がイカツくてかっこいい。

気前よくやってくれたメカニックのDeLeurに、感謝だー!!

Keep on Rolling.

Thrilling zone in Cameroon

(食堂のテーブルで遊ぶカメルーンのこども)

「ナイジェリアからカメルーンに入ったら何にも心配ない、とても平和になるぞ!」

以前に誰かからそう聞いたことがある。

特にナイジェリアでトラブルは無かったのだが、一番気にしたのは道端のポリスの検問だった。やたらと多く、通過する車を停めてはケチをつけてお金を取ろうとしていた。
また、なぜかポリスじゃないよくわからない奴らも釘が付いた角材や棒などを持って待ち構えており、目をつけられると襲いかかってきたり、タイヤをパンクさせようとしてくるらしい。。。バイクの機動力を活かして、捕まらないように駆け抜けまくっていた。

20 March さて、この検問もカメルーンに入れば無いぞ〜!と思っていたのだが、たくさんある。。。こっちはまともな検問だったが、突破しようとしても必ず停められるから時間が削られる。
ぜんぜん穏やかじゃない、話が違うぞ!
そう思いつつBamendaという町を目指して走っていると、理由がわかった。Mamfeという町付近の10人ぐらい軍人がいた検問にて、
「ここから先はテロリストが潜伏していて、撃たれてバイクを奪われる可能性があるから、バイクでの通行は禁止だ。車しか通れない。」
と言われた。検問の多さは、テロリストを見つけるためだったのだ。迂回路などないから、バイクごと運んでくれるトラックを捕まえるしかないが、いつになるかわからない。
あぁ、ついに治安の壁にぶつかったか。。。でも、完全に立ち入り禁止ならアウトだけど、車ならOKなんだから今が超危険ってわけじゃなくて、警戒しているってことだ。通れる可能性はある!そう思って日本から南アフリカまで走り続けたいことを伝えると、それまでの緊迫した雰囲気から称賛ムードに、そして何となく応援ムードになっていく、、、!おっ、こりゃいけるかも!?
しかし、もう一つ問題があった。Bamendaまでガソリンが持つか微妙だったのだ。この道にガソリンスタンドは見当たらず、あったとしてもまだカメルーンの通貨を持ってないから入れられない。デンジャラスゾーンの中でガス欠になってはたまらない、、、そこで軍人に、「無事に通り抜けてみせるから、そのためにガソリンあったら分けてほしい!」と言うと、リーダーっぽい人がOKと言って1Lくれた!よし、これで届く。
その先も2箇所の検問で「バイクは駄目だ、帰れ」と言われて立ち塞がれたが、交渉の末なんとか通してもらえた。『テロリスト出てくんな〜、撃ってくんな〜』と念じながら走る、緊張の区間となった。

カメルーン南西部の『英語圏』と呼ばれるエリアは、独立を求めて政府と戦っているらしい。ここを無事に自走できたのは、本当にラッキーだった。4月初めにここを通ろうとした旅人によると、俺が通過した以降に立て続けにツーリストが殺害されて、車でも通過できなくなってしまったらしい。なんてこった。。。

20 March 道中で、なんとモロッコから走ってきたという中国人女性ソロチャリダーと会った!例のやばい区間は車に乗せてもらったらしい。カメルーンでは久々に(なんとモロッコ以来!)雨に降られるようになり、熱帯ゾーンだからどしゃ降りのスコールもしばしばだ。彼女もやはり雨が大変と言っていたが、がんばってほしい。

夜間にスーパー豪雨が降った翌朝の21日、キーをONにしてもスピードメーターが点灯しない。そのまま首都のYaounde(ヤウンデ)まで走り、外して確認してみるハーネスの一本がショートして切れていた。コネクター内のギボシから交換しないとダメだろうな。ヘッドライトやメーターを取り外して無防備な間に豪雨が降っても大丈夫なよう、何か防御できるものを探した末に、イスをかぶせておく笑

宿の近くに車の修理屋があったので、そこにメーターを持っていくと、ガラクタの中から使えるパーツを探してコネクターに移植し、ハーネスをつなげてくれた。よし、復活!

また、この町では次の国Gabon(ガボン)ビザをゲットする。必要書類を持って大使館へ行くと、アフリカ人らしからぬせっかちな女性が30分で発行してくれた、早いー!

Keep on Rolling.