Nigeria #2

アフリカの道路ってどんな感じ?と思われてる方もいるだろう。
7カ国走ってきて、主要な道路を進む限りは以外にも田舎も含めてアスファルトだった。

ただし、そこから一本外れると町中でもボコボコの土で水溜まりだらけの場合も多い。

また、幹線道路でも工事中の未舗装な区間が何キロか続いた、アスファルトにも大きな陥没がたくさんあったり。

まぁこれはヨーロッパを除くユーラシア大陸でもそうだった。質の良くないアスファルトが水分や温度差で分解されて穴ボコになるようで、時には直径1メートル、深さ2〜30cmクラスのものもある。

小さな穴でも段差に乗り上げるような衝撃となるから、車たちは避けるために対向車線も使って蛇行運転をするから怖い。また、これも多くの国で体験したが、上り坂やカーブでも平気で追い抜きをする。そこら中で車は故障やパンクして停まってるし、壊れた車が路肩に捨てられるし、まっすぐの道のど真ん中で横転してるトラックも見かけた。

日本の道路の質の高さ、運転マナーの良さが世界トップレベルなのは間違いない。

16-18 Marchの期間滞在したBenin City(ベニンシティ、この町と区別するために隣国のBeninを『ベナン』と発音するらしい)では、セネガルから西アフリカを旅している女性チャリダーと会う。

何やら自転車の調子が悪いらしく、リアブレーキが効かなかったり、リアディレーラー(変速機)が機能していなかったり。自分もそこそこ良い自転車を持っており、前職では往復40kmをチャリ通勤していてメンテナンスもある程度できる。ブレーキはワイヤーの距離を縮めて、ディレーラーは動くべきはずのアームの根元のボルトが目一杯締め込まれ動かなくなっていたので、緩めると動くようになった。なんとこれ、自転車屋にやられたらしい、、、そして「ディレーラー内部のスプリングが壊れているから交換するしかない」と言われてしまったらしい、、、。アフリカに限らず、海外ではボルト類を力いっぱい締めたがる気がする。自分も一度、トルコにてリアアクスルシャフトのナットをインパクトドライバーでガッチガチに締められて、手持ちのモンキーレンチで緩めるのに苦労したことがある。
乗り物が不調だと快適に旅を楽しめないので、改善してあげることができてよかった!

19 March カメルーン国境に近いAbakalikiという町を目指して東へと進む。道中、突如としてバイクを高々と乗せたオブジェが出現し、テンション上がるー!!

バイクを嗜好性よりも実用性で選ぶアフリカでは、コストが安く扱いがラクな、カブとスクーターを合体させたような中華バイクばっかり走っていたので、なぜここにSUZUKIのビッグアドベンチャーバイク『DR750-BIG』が奉られているのか、不思議に思う。下に書かれていたた字を読むと、どうやらこの道がラリーか何かに使われている?た?らしい。そして、
『DISCOVER YOUR LIMITS』
のメッセージにシビれたー!!

アフリカ西ルートの単独縦断は、自分にとって達成できるかどうかわからない目標設定だ。挑むあたり、果たしてどこが自分の限界なのか?を確かめたい、そしてもしそれに直面した時には越えて進みたいと思ってきたので、自分の心情ピッタリのオブジェに出会えて嬉しかった!

20 March  Abakalikiという町の宿で、朝オイル交換をしてから出発する。今回入れたのはブルキナファソで買っていたアフリカ版のYAMALUBEで、Made in Singaporeと書かれていた。

日本やヨーロッパで売ってるYAMALUBEとパッケージデザインが違う。果たして中身=クオリティにどんな差があるのか気になったが、キャップを開けてみるとさらにアルミ紙で塞がれた二重カバーになっており、しかもアルミ紙にはYAMAHAの音叉マークの刻印があるというコダワリが。このように二重カバーされているオイルは初めてだ。また、オイルの色もサラダ油より薄く、確実に化学合成油=Syntheticだとわかる、鉱物油=Mineralではなくて(前者の方が高性能)。お〜いいじゃんアフリカYAMALUBE、これでリッター700円もしないからお買い得だろう!

この日でナイジェリアとはお別れをして、お次はカメルーンへ!

Keep on Rolling.

Nigeria #1 Cross boader

道中で聞いてきたナイジェリアの評判は、なぜか悪いものばかりだった。

「役人の腐敗レベルがヤバい」
「賄賂の要求がハンパない」
「ナイジェリア人は押しが強い」
「イスラム過激派『ボコ・ハラム』(西洋の教育は罪という意味、、過激!!)が北部で頻発にテロ活動をしている」

などなど。なので、いつも以上に気を引き締めて向かう。

最短ルートでナイジェリアへ入ると通過するLagos(ラゴス)という都市は、なにやら「アフリカ三大凶悪都市」の一つというウワサもある。他ニつはケニアのナイロビと南アフリカのヨハネスブルク、またラゴスに代わってにタンザニアのダルエスサラームがノミネートされることも。鵜呑みにはしていないが、用事が無ければ寄らない方が無難だろう。
また、ポリスが舌なめずりしながら待っている賄賂街道となるのは最も交通量が多いメインルートのはずなので、マイナーっぽい青い点を付けた道から国境を越えるとにした。しかしこのルート上には以前武装強盗が出没していた地帯があり、やはり油断はできない。

15 March ベナン出発。この日から蛍光ベストを着用する。

この先検問の数が増え、突破する難易度も上がることを見据えて、見た目の印象を少しでも明るくして捕まるリスクを減らす作戦だ。まぁこれでもイカツい感じだけど、、、さすがにブルキナファソの時のように投獄はされないとしても、いちいち怪しまれて停められて質問(フランス語だから理解できない)されるのは時間がもったいない。

この国境では、おもしろいことが起こった。知らぬ間にベナンを出国していて、ナイジェリアに入っていたのだ!てっきりベナンの出国手続きをしていると思ったら、係員が
「ナイジェリアの電話番号を書け」
と言ってきた。
「まだSIMカード持ってませんよ、ベナンにいるんだから」
とコイツ何言っちゃってんの〜って感じで答えたら、
「違う、ここはナイジェリアだぞ」

と返された。

、、、こんな簡単に出れちゃう国は初めてだった笑 引き返してベナンの出国イミグレーションを発見、スタンプをもらう。屋台みたいな建物に係員が二人いるだけ、きっと屋台と間違えてスルーしたんだな!

対するナイジェリアの入国イミグレーションにはやたら役人が多く、そしてみんな暇そうだ。バイクの持ち込み手続き含めて15人ぐらいとやりとりし、何人も「金くれ」と言ってきて、うち一人は個室に連れこもうとしてきたが、いずれも何度も断れば相手から引き下がるレベルで全て回避できた。せめて『〇〇税を支払う必要がある』とか、嘘でも言ってくれば騙される可能性があるかもしれないが、みんな飲み食いするジェスチャーの後に「金くれ」と言ってくるから単純でおもしろかった笑

全ての工程をクリアして、あとはこのバーを越えれば終わりだー!いざ出発!!とクラッチレバーを握った直後、レバーにかかるテンションがスッと消えて軽くなった、、、それはつまり、クラッチワイヤーが切れてしまった。

賄賂攻撃を防いだので、これ以上言ってこないうちに一秒でも早くこの場を去りたかったのに、ここで切れるのか〜。。たまに注油もしていたけどやはり元放置車両、予想以上に傷んでいたようだ。とりあえず今日到着を予定している町まで、このまま走れないか策を講じてみるも、できそうにない。ここに長居したくはないけど仕方がない、切れた時用に持ってきた予備ワイヤーと交換だ。まぁ、強盗が出るかもゾーンで切れなくて良かったとしよう!

イミグレの建物からほんのちょっとだけ離れ、作業に入る。

「ここを使うな、使うなら金払え」とか言ってこないか気にしたけど平気で、その場所を見張っているポリスやローカルたちは温かく見守ってくれて、写真もポリスが撮ってくれた。また、作業が終わった後は汚れた俺の手を見て、子供が石鹸と水を持ってきてくれた。

なんだ〜、いい国じゃんナイジェリア!

Keep on Rolling.

Burkina Faso’s Big Memories #2

はじめて買ったバイクは、このYAMAHAの『YB-1』。『SR50』と言ってもいいかも。笑

50ccの原付になるけど、マニュアル式のトランスミッション機構だからクラッチとシフト操作が楽しめて、2ストロークエンジンなので加速もそれなりに良かった気がする。いろいろな所に行き、数えきれない思い出を作ってくれた。もうとっくの昔に手放したけど、今でも日本でたま〜〜〜に見かけると当時のワクワク感がよみがえり、ノスタルジックかつハッピーな気分にさせてくれる。何とも愛おしい、自分にとっては特別な存在だ。

そんな風に俺が大好きなYB-1が、まさかBurkina FasoやMaliでたくさん走っているとはー!!

日本とは違う鮮やかなブルーとレッドの2カラー、100ccのエンジンだから正確には同じバイクではないし名前も『YB100』と違かったけど、その他は細かく見てもほぼ一緒!現役バリバリの車種なんだろう、新しくピカピカなものもあり、見かける度に「おおっ!!」と興奮して一人でニヤニヤしていた笑

YB-1は18年前に、スモールウィンカーやルーカステールランプを装着し少しだけ手が加えられたキレイな中古車(1996年製)をたぶん12万円ぐらいで手に入れた。そして今、さほど変わらない15万円で買った同じくYAMAHAのバイク(1995年製)で、日本からアフリカまで走ってきている。バイク人生の原点となった車両と再会し、自身のバイク力の成長を感じて何とも嬉しい気持ちになれた!!

Keep on Rolling.

Made Tokyo – Dakar

07 February セネガルに入り、正確にはモーリタニアの後半からそうだったが、砂漠のような乾燥帯から緑の多いサバナ気候に。道行くバイクが多いのは、ガソリンが確実に売っている証拠で安心する。人々の服装は自由きまま、「ダッラー」という民族衣装だらけで保守的な雰囲気のモーリタニアと違い、セネガルはなんとなく開放的な気分にさせてくれた。実際、モハメド・アリ攻撃(前回参照)から開放されたんだけど笑

貧しそうな子供の姿やゴミ集積所から物を拾う人々も目にして、経済的な厳しさも感じる。

Richardと合流を約束していたキャンプ場「Zebra Bar」を目指す。シーサイドの気持ちのよい広いキャンプ場で、文字通りBarもあり、(モーリタニアは基本酒がNGで探せば見つかるがビール一缶で6〜7ユーロと高い)前日のガススタ横の空き地でキャンプから一転、何とも快適でRichardと一緒にモーリタニアの出来事を肴に酒を浴びた!

ここで、カッコいいランクルで犬と旅をするドイツ人のMike(マイク)とも親しくなった。

ナンバープレートの下に、「I’m not lost , just playing Geocaching」と書かれていたので気になって尋ねると、『Geocaching(ジオキャッシング)』

は世界規模で行われ、誰でもプレイヤーになれる宝探しゲームだという。宝といっても高価な品では無い、過去の発見者が残していったおもちゃ的な物で、見つけた宝箱(小さなプラスチックボックス)から気に入ったアイテムを一つ取り、新たに一つ入れる、物々交換スタイルだ。そしてなんと、「どうやらここにも一つ隠されているみたいなんだ」と言うではないか!おもしろそうだ、探そう!

公式サイト https://www.geocaching.com/ から隠し場所のGPSログを入手し、その周辺を探すがなかなか見つからない。俺はこのトラックのガレージを調べた。

ん?

なんだこのG袋??

トラック関係の物じゃなさそうだ、、、!

見つけたー!!!

発見者は中に入っているメモ帳に日付と名前とコメントを書き、物々交換をして元の場所に戻す。どこかの国の誰かが入れたアクセサリーを選び、代わりに自分のステッカー(あげられる物がこれぐらいしかなかった、、)を入れた、裏に軽いメッセージを添えて。

いずれまたどこかの国の誰かが見つけるだろう。日本にもタップリ隠されているらしいので、皆さんの家の近くにもあるかも。

08 February とても居心地が良かったZebraBarだったが早く先に進みたい気持ちの方が勝り、一泊だけして首都のDakar(ダカール)を目指した。

ひと休みしてるところに移動販売のアイス屋さんが通りかかったので、喉も乾いてたし食べる。近くにいた子供たちもほしそうな目でみていたので、買ってあげた。

途中までは心地よい田舎道を快調に飛ばせたが、Dakarに近づくにつれて渋滞が激しくなり、50kmほど手前からは酷く、トラックの多さが西アフリカ屈指の大都市で商業の中心地であることを実感させる。これで想定外に遅くなり、日が落ちてから突入したDakar中心部での運転は、久々に怖さを感じた、、車とバイクが、多い、近い、速い!特に流れが混ざり、交差するロータリーに突っ込んでいく時は一回一回が勝負!!って気分に。道中、ダカールでバスに突っ込まれて大ケガしたドイツ人ライダーの話を聞いたが、なるほどこれなら納得だ。

そんなスリルをスリぬけてたどり着いたのは、日本人の原田さん夫妻と小林さんが経営する『和心-Wagokoro-』という名の日本食レストラン&宿、モンゴル以来5ヶ月ぶりに日本人が作る美味しい日本食を食べることができた!!

日本家屋を感じさせる内装、大人数で囲める掘りごたつ席もあり、宿泊者は全員が日本人と、まるで日本にいるような気分だった。

宿の近くには一食100円ほどの屋台もあり、ここもお世話になった。

09 February パリ·ダカールラリーのゴール地点、ピンク色の湖『Lac Rose』(ラック·ローズ)へ。

Made Tokyo – Dakar

そして鳥取から日本を出たので、パリ·ダカならぬトリ·ダカできた!

12 February 日本に戻ったような日々を過ごした和心を出発。Dakarを出る前に、港の税関に行ってバイクの滞在期間の延長手続きをした。入国ボーダーでは5日間分の走行許可しかもらえない不親切なシステムなのだ。6日目になってしまっているがまぁ問題ないだろう。この手続きも本当に必要なのか?ほんとにどっかで確認されるのか??と思うも、正しい書類でもお金目当てでイチャモンをつけてくることがあるのがアフリカだから、念のためやっておかなくては。中に入ってもどこで何をするかわからないので、声をかけてきた俺みたいなのを手続って稼ぐ人に1000円ほど支払い、力を借りた。それでも一時間ぐらいかかったので、自力でやろうとしたらどのぐらいかかったのだろう。

Dakar からMali(マリ)に向かって、内陸に進んで東へ走ると急激に気温が上がり、がぜん暑くなった!また、土や藁などの天然素材のみで造られた、おそらく何千年も変わってないであろうシンプルな家々も登場。

電気もガスも水道も通ってなく、燃料は薪や炭で、水は井戸から汲んでいる。

デカい蟻塚も発見!

国境では、バイクの税関書類チェックは無かった。。ますますアフリカらしくなってきたな!

Keep on Rolling.

How is Mauritania?

**基本的に宿のwifiでブログをアップしてますが、西アフリカを進むに従ってどんどん通信速度が遅くなり、今は自分が貼り付けた写真も表示されないレベルに。。というわけで、情けないことにどの写真をどこに入れたらいいかわからなくなってしまった状態なので、今回はいつものように写真を文章に織り交ぜず、最後にまとめて載っけます。字面が多くてスンマセンッ!!見れるようになったら、然るべき位置に差し込んだり、キャプション付けたりしたいと思います。***

03 February 何一つ知らない国Mauritania(モーリタニア)に入り、変な言い方だけど「おおっ!いよいよマジなアフリカが始まった!!」と感じた。それほど印象が変わった。最初の町Nouadhibou(ヌアディブ)の景色を見て頭に浮かんだ言葉は、カオス!道端に溢れかえる人々、失礼だがボロボロに見える建物たち、灯りが無く暗い町、そこら中に落ちているゴミとその臭い、それをあさるヤギたち、馬やロバもそこら中にたくさん、信号もロータリーも無い大きな交差点、などなどなど。車も人も自分のことしか頭に無いような動きをするので、いつも以上に気を引き締めながら砂だらけの町を走る。

人々は素朴で穏やか、いい意味でマイペースだ。やたらと話しかけてきたり、からかってきたり、押し売りしてくる人はおらず、食事や買い物でぼったくられることもなく、危険な目にあったり不快な思いをすることはなかった。見た目は荒れてる町だけど。

ただ、ほとんどがディーゼル車でバイクなど滅多に見ない国ゆえ、ガソリンの入手が難しい。ちなみにフランス語圏のアフリカ諸国では、ガソリンはEssence(エッセンス)、ディーゼルはGas-oil(ガスオイル)と呼ぶ。ウズベキスタン以来のサブタンク(といってもただのペットボトルたち)も準備し、ここで満タンにして600km近く無給油でも走れる状態にした。

04 February 首都のNouakchott(ヌアクショット)へ。泊まった宿Auberge Menataは屋上にモンゴルのゲルより大きなテントがあり、部屋よりは安く泊まれる(一泊3,000MRO=約900円)のでそこへ入ると、教師をリタイヤした旅好きな斎藤さんと、イギリスからSUZUKIのDR350でやって来たライダーのRichardに出会った。翌日には斎藤さんと入れ替わりで、自分より一つ年下の雄大(ゆうだい)がやってきた。まさかモーリタニアでこんなに共通点のある人達に会えるとは思わなかった!

05 February 次の国Senegal(ビザ不要)の次に行く国、Maliの大使館に午前中に行って申請すると午後には発行してくれて7,500MRO=約2,300円、Senegalで取るより約半額とお得だった!

06 February 同じくセネガルへ向かうRichardと一緒に、国境へと向かった。メインロードが走るRosso国境は金が欲しい人々がわんさか群がってくることで悪評高いので、マイナーなDiama国境の方を目指す。道中の景色や町や道はアフリカが存分に感じられて、すごく楽しかった!

RossoとDiamaの分岐点を過ぎた後の、国境まで約150kmほどのポリスチェックで、旅の経験値が試される出来事が起こった。

この時点で17時前だった。ポリスは、「国境は18時で閉まるから今日は間に合わない、途中で泊まって明日行け」と言う。それは納得した。そしてポリスの親友で、モハメド・アリ(笑)と名乗る男が、「2km先にキャンプできる場所がある。安全でタダだ、案内しよう」と言ってきて、ポリスもそれがベストだという。俺はポリスも含めて簡単には信用しないが、この先国境まで町らしい町は無くキャンプするのは確定なので、とりあえず場所を見て判断することにした。

そこは道路から少し入った広い空き地で、良くも悪くも無い印象。アリは、「疲れてるし腹も減ってるだろう。今日は家でキャメルミート = ラクダ肉のスペシャル·クスクス(クスクスは西アフリカの伝統料理)を作ってるから、食べたかったらここに持ってこようか?」と言い、Richardは大喜び!しかし依然として警戒している俺は断った。さらに、「セネガルから先のバイクの保険には加入しているのか?もし無いならセネガルには入れないし、国境では保険は買えないぞ?」と言ってきた。セネガルから先のアフリカ各国を広くカバーする『ブラウンカード』なる保険があることは知っていたので、それかと尋ねるとそうだと言う。しかし国境で買えないのはおかしい。じゃあどこで買えるんだと聞くと、アリが保険を発行できるという。金額は、1ヶ月間有効が75ユーロで、3ヶ月間有効が150ユーロ。ヨーロッパのグリーンカードよりは安いが、アフリカの保険にしては高い気がする。初対面のコイツの話をいきなり信用できないし、国境の手前で向こうから近づいてきて手を差し伸べてくる輩は金目当てが多いという経験則があったから、俺は保険を買わなかった。Richardはアリの話=「ここで保険を買わないで国境へ行ってもセネガルには入れないから、結局またここへ保険を買いに帰ってくることになって、往復300km無駄に走ることになるんだよ!?」を信じて1ヶ月分買った。手持ちが無かったため、明日銀行へ金を下ろすためだけに往復80kmほど違う方向へ走ることになるのだが、それでも300kmの無駄走りをするよりは全然マシという本人の判断だった。

しかし!俺が「ヤツは怪しい!」という見解を崩さなかったことにRichardも感化され、気が変わり、アリから逃げることにした笑 当初のキャンプ予定地から100kmほど進んだ小さな村でRichardのバイクがバッテリーあがりでストップ、仕方なくここで寝る場所を探していると、保険証券を持って追いかけてきたアリに捕まった笑 ヤツが怖い顔して「お前の友達はどこにいる!?」って来た時は、あちゃ〜って感じだった。。

そして翌朝。俺は保険は国境で買えるはず、しかももっと安く!と信じて国境へ直行、Richardはまずアリに払う金を下ろしに国境とは違う方向にある銀行へ。少しだけ同じ道を一緒に走り、ちょうど俺たちが別れるポイントにポリスチェックがあった。

ポ「どこへ行くんだ?」

俺「Diama国境だ」

R「銀行だ」

そして俺たちがそれぞれ違う方向へ走り出すと、ポリスはすぐに誰かに電話で報告を入れた。たぶんアリだろう。不当と思われる金額の支払いから逃げるため、Richardも一緒にDiamaへ行こうとしても、ポリスは彼を通さなかっただろう。事実、俺が単独で通過した次のポリスチェックでの会話は、こうだった。

ポ「お前の友達はどこだ?」

俺「銀行へ行っている」

ポ「OK」

そして。国境にてあっさりと保険は買えて、しかも金額は3ヶ月で40ユーロだった!(アリの金額は1ヶ月が75ユーロ)

幾多の国境を越える中で培った経験値が、アリのボッタクリから俺を守ったのだ。嬉しかった!

次に小さな建物に入り出国スタンプをもらう。係員が処理手続き費として4700MRO(約¥1400)を請求、払わないとパスポートが戻ってこないので仕方なく払う。しかしどうも引っかかる。外に出て先ほど保険を買った男を探して伝えると、やはり必要のないお金だった!よし、取り返す!建物に戻る、俺の血相を見た係員が目を丸めている。そしてあえて一言も発せず、代わりに本気で怒っている表情と、金返せこの野郎!!というジェスチャーのみ彼にぶっつけた。このサイレント作戦がうまく成功し、お金は戻ってきた!

セネガル入国時にかかった費用は下記の通り。

①セネガル川を渡る橋の通行料 : 4000CFA(約¥800)

②自身の入国手続き : 2500CFA(約¥500)

③バイクの持ち込み手続き : 6500CFA(約¥1300)

うち、レシートをもらったのは①だけだったが、②も③もモーリタニア側で保険男が教えてくれた金額の通りだったので、おそらく賄賂ではないと考えて支払った。アフリカの国境越えはこの先も何かしら起こりそうだが、そのぶんクリア後の達成感が強そうだ!

Keep on Rolling.