追憶のDubrovnik

28 November バルカン半島の海岸沿いを北西へと進む。次の目的地はCroatiaのDubrovnik(ドゥブロヴニク)、ここにはイスタンブールと同じく14年前にピースボートで訪れていた。その時に見た景色は忘れられない素晴らしい思い出となっている。

特に、当時はまだスルジ山のケーブルカーが内戦で破壊されたままだったから徒歩で登り、疲れた後に廃墟の頂上駅から真逆に美しい街と海、沖に停泊する我々の母船を見下ろしたことが、とても幻想的だった。せっかくだから、その時の写真は帰国後に載せられればいいと思っている。

Albaniaから向かってくる途中、Montenegroという国をこの旅初となる同日中の出入国、一日も滞在せずに通り抜けた。この国も海あり山ありと美しい国だったが、日本から南アフリカまでの長い道中いちいち寄ってると本題が終わらないのでスルーも大切、ちょっと停まって写真だけ撮った。

モンテネグロ版モンサンミッシェルといわれる、Stevi Stefan(ステヴィステファン)

Kotor(コトル)という街がある穏やかな湾

翌日のドゥブロヴニクは、14年前と同じく曇天だった。三日いたうちの二日は強い雨で、とてもオレンジの屋根とブルーの海が光り輝く本来の景色は望めず、けっきょくスルジ山からの景色を再び眺めないまま街を出た。

イスタンブールもそうだったが、再来した今回は初めて訪れた時の強烈な感動は無く、期待していた分正直あれ??と思った。心のどこかで今回は晴れを願っていたが、たとえ晴れたとしてもあの時ほどの興奮を味わえただろうか。経験値が上がり、感受性は21歳時よりも下がってしまったからだろう。

しかし、鉛色の空でも冷たい雨でも、ドゥブロヴニクは俺の記憶の中で永遠に輝き続ける存在だ。

NAVIGATION MAPについて

ここまでの14ヵ国約22,000km、どうやって道を調べて進んできたか。

ズバリ言うわよ、、!

普通にスマホのMAPアプリでーす!!

ただし、自分なりの旅のこだわり・楽しみ方として、ナビ機能は使わないようにしている。つまり、ハンドルなど常に見える位置に地図アプリを開いたスマホをセットして、ルートガイドを見ながらその指示通りに進むことはしないようにしている。せっかく思いっきり自由気ままに走っていい旅に出たのだから、ナビをフォローすることすら縛りや制約に感じるからだ。また、走っている時間こそが俺の旅の時間なんだから、その景色をたとえ一秒でも長く見たいのだ。機械の画面ではなくて。

したがって、スマホの地図情報を頭にインプットし、そのイメージと目の前に登場する現実を比較して、太陽の位置などの自然情報も使いながら進んでいく。わからなくなったら安全な場所に停まって地図を確認する。やはり時には道を間違えてしまうが、自分はそれが旅っちゅうもんよー!と思っている。この、「停まって確認する」と「道を間違えたらやり直す」はナビを使えばやらなくて済むが、考え方は人それぞれ。順風満帆にミス無く目的地へ一直線よりも、さぁ行けるかな!?という気持ちで道中を楽しみたいのだ。タイムトライアルではなく、ましてや約束の時間や場所すら持たないから可能で、贅沢な時間の使い方かもしれない。

アプリはお約束の Google Map ではなく、ほぼ MAPS.ME ばかりを使っている。理由として、

①MAPS.ME の地図の方が自分には見やすい

*Google Map ↓

*MAPS.ME ↓

②オフラインデータのダウンロードが簡単

オフライン(ネットに接続できない環境)で詳細な地図を見るには、あらかじめ対象エリアのMAPデータをスマホ内にダウンロードする必要があるが、エリアをいちいち手動で切り取る Google Map に対して、MAPS.ME はあらかじめエリア分けされているので手間いらず&切り取り漏れが起きない。

(ちなみに念のため、GPSはネット通信ではなくGPS独自の通信のため、ネットにつながっていなくても使え、通信料もかかりません)

*Google Map ↓

*MAPS.ME ↓

ただし、MAPS.MEの情報はたまに間違っている時があり(特にお店関係で潰れてたり変わってたりする)、地図の信頼性からいえばGoogle Mapの方が上だから使い分けも必要。

最初はよりアドベンチャー気分を味わうべく、GARMINの etrex をメインで使おうかと思っていたが、地図の見やすさと操作性でスマホの方が勝り、GARMINはスマホが壊れた時用の補欠君となっている。

*GARMIN etrex ↓

(MAPS.ME、Google Mapと同じ場所を表示している)

その他、いちおうアナログの地図としてMICHELINロードマップのヨーロッパ版とアフリカ版を持つ。

500mlビール瓶との比較、デカいんですよ〜。実用性はデジタルにはかなわないが眺める楽しさはこっちの方が上、なんとなく温かみも感じる。書き込みや汚れも含めて世界でただ一つ俺だけの地図となり、地図本来の役割を越えた存在価値を持つ大切なアイテムだ。

お前たちよ、これからもよろしくー!

Albania #2

25 November シーサイドタウンSarandeから沿岸部を北上し、首都のTiranaを目指す。

海といえば、トルコのボスポラス海峡で3ヶ月ぶりにオープンな海(カスピ海はクローズな海)と会った時、強烈なまでの潮の香りを感じて思わず「懐かしいなぁー!!」と大声をあげたが、それ以来ずっと沿岸部を走るも潮の香りは感じない。小さなことだけど、これが体の慣れかと改めてよく分かった。

Tiranaまでの道中、しばらくは海沿いの山々の中を走り、ワインディングと景色が楽しめる。雲が近い。

いたるところで目にするアルバニアの国旗は、そのデザインとカラーがちょいワル(死語使います)でカッコいいと思う!

冷戦時代の遺産、核シェルターがAlbaniaには沢山あるらしい。内部が歴史博物館になっている一つの中に入る、展示内容は暗〜い。

オイルがほしかったところ、ヤマハの看板を掲げるちゃんとしたバイク屋があった!YAMALUBEのFULL SYNTHETICが10ユーロだったので、2本ゲットー!

気に入ったレストラン、TEK。100円〜400円程度の一品料理が豊富で美味しいし、生ビールも日本の大ジョッキに近いサイズで120円、久々に居酒屋に来た気分だったー!

西ヨーロッパと比べると物価が安く、一昔前のような雰囲気が味わえ、人々の距離感も(自分的には)近すぎず冷たすぎずちょうどよく英語も通じ、自然も豊かなアルバニアはとっても魅力的だった。アジア人は全然いなかったので、やはりマイナーなのだろう。 中央アジア以来久々に全く知らない国に来たが、その分ドキドキワクワクが大きく、未知を知るという旅の醍醐味をこの国で楽しんだ!

Albania #1

23 November 俺も含め、アルバニアってどこよ?な人も多いはず。

ルート上にある通過国としてなんにも知らないで行ったけど、美しいアドリア海と山々の自然景観が素晴らしく、予想以上に気に入った!写真はSarandeという町とその周辺で撮影したもの。

ギリシャとの国境からSarandeへの道中はアップダウンやワインディングが楽しめて、とんでもなくキレイな水を生む神秘的な泉、BLUE EYEもある。

天気よし景色よし道たのし、いや〜いいじゃんアルバニア!しかし、良いことばかりそう長くは続かないものだ。注意力散漫になってしまっていたのだろう、緩やかな下り坂の右コーナーでコケてしまった。

良くないのは承知しているが、ブレーキパッドの消耗スピードの関係で、旅の途中からリアブレーキは本当に必要な時以外使わないようにしている。荷物もあって後ろが重いので、フロントと比較にならないぐらい早くリアパッドが減りまくるからだ。またタイヤの減りも同じで、リアは早々に死んでカザフスタンで一回交換したが、フロントはユーラシア横断まで待つかも?と無交換、しかしもう限界は近い。ライディングに集中していれば、進入スピードとコーナー角度と下り坂とタイヤ状況を考慮し、リアブレーキも使ってクリアしたはずだったが、フロントのみで行ってしまった。しかも、コーナーに入ってから少し先の対抗車線の車の存在に気付き、膨らまないようにと途中でよりブレーキを強めバイクを寝かせた結果、一瞬でフロントタイヤから滑った。バイクごと対抗車線まで流れたが、幸いにも車の手前で停まって体もバイクも無事、しかし大切なライディングウェアが破けてしまった。

こんなこともあろうかと日本から針と糸を持ってきていたので、補修する。右膝部分が10cmぐらい縦に裂けたズボンは(足はプロテクターのおかげで無傷)縫い合わせ、小さな穴で済んだジャケットの袖はアルバニア国旗のパッチを縫い付けて塞いだ。

カッコいい国旗のデザインでよかった。アルバニアでやっちまったことを忘れないために!

17-22 November in Greece

トルコ⇆ギリシャのボーダーでは、双方とも面倒な質問や荷物チェックなど一切なく、速攻でパスポートにスタンプをくれた。ここがアジアとヨーロッパ間の一つの関所だと勝手に思っていたので、意外だった。ただし、ヨーロッパ内を走るには『Green Card』なる自賠責保険(人身事故の時に被害者を守るための保険)に入らなければならず、ギリシャ入国時にそれを買う。ここでは1ヶ月間有効で100ユーロのものしか選択肢は無く、途中で切れてしまうので後々どこか保険会社を探してで再加入せねば。

ギリシャのターゲットはアテネのみに絞り、ハイライトのパルテノン神殿@アクロポリスの丘と、オリンピックの聖地へ行った。

パルテノン神殿があるアクロポリスでは、神の存在について意識させられた。

それまでスッキリと晴れていたはずの空が、登っていくにつれて風が強くなり、丘の上では様々な色の雲に囲まれて虹も見たせいもある。

怒る人もいるだろうが、信仰心は人それぞれなので。俺は神の存在を信じていない。神が人をつくったんじゃなくて、人が神をつくったと思っている。でも、完全なる唯物論者や科学主義者でもない。神でも他のものでも、何かを強く信じる人の心がつくり出す、物の理を超えた大きなパワーはあると信じている。真実や答えに執着せずこれぐらいのゆるさで、”どっちもアリ”みたいなあんばいが自分にはちょうどシックリくるのだ。

続いて、パルテノン神殿からオリンピックスタジアムの間にあるゼウス神殿。もともとパルテノン神殿よりも大きかったが、柱や乗っかってた部分がゴート族によって壊されて今はこんな感じ。

これは敷地のすぐ横にある門

そして〜!なんと紀元前6世紀に陸上トラックが造られた(総大理石の観客席は紀元後144年に追加で建造)、競技場の聖地Panathenaic studium。スポーツ大好きな俺には正直こっちの方が行けて感動したー!!

観客席の下からミュージムの中へ。

各大会のポスターとトーチ(昔はない)が見れる。近代オリンピック第一回1896年大会のポスター

こちらは1900年の第二回大会

年代と国によるデザインの違いがおもしろい。

そしてこの日この聖地にて、一人のアスリートによる偉大なる世界記録が生まれるはずだったが、誰もタイムを計ってかった、むしろ観てもなかったので生まれなかった〜、、!

ギリシャを出たあとは、美しいエーゲ海沿いを走った。いつかまた来れたら、今度はのんびり島巡りでもしたいな〜。