Albania #2

25 November シーサイドタウンSarandeから沿岸部を北上し、首都のTiranaを目指す。

海といえば、トルコのボスポラス海峡で3ヶ月ぶりにオープンな海(カスピ海はクローズな海)と会った時、強烈なまでの潮の香りを感じて思わず「懐かしいなぁー!!」と大声をあげたが、それ以来ずっと沿岸部を走るも潮の香りは感じない。小さなことだけど、これが体の慣れかと改めてよく分かった。

Tiranaまでの道中、しばらくは海沿いの山々の中を走り、ワインディングと景色が楽しめる。雲が近い。

いたるところで目にするアルバニアの国旗は、そのデザインとカラーがちょいワル(死語使います)でカッコいいと思う!

冷戦時代の遺産、核シェルターがAlbaniaには沢山あるらしい。内部が歴史博物館になっている一つの中に入る、展示内容は暗〜い。

オイルがほしかったところ、ヤマハの看板を掲げるちゃんとしたバイク屋があった!YAMALUBEのFULL SYNTHETICが10ユーロだったので、2本ゲットー!

気に入ったレストラン、TEK。100円〜400円程度の一品料理が豊富で美味しいし、生ビールも日本の大ジョッキに近いサイズで120円、久々に居酒屋に来た気分だったー!

西ヨーロッパと比べると物価が安く、一昔前のような雰囲気が味わえ、人々の距離感も(自分的には)近すぎず冷たすぎずちょうどよく英語も通じ、自然も豊かなアルバニアはとっても魅力的だった。アジア人は全然いなかったので、やはりマイナーなのだろう。 中央アジア以来久々に全く知らない国に来たが、その分ドキドキワクワクが大きく、未知を知るという旅の醍醐味をこの国で楽しんだ!

Albania #1

23 November 俺も含め、アルバニアってどこよ?な人も多いはず。

ルート上にある通過国としてなんにも知らないで行ったけど、美しいアドリア海と山々の自然景観が素晴らしく、予想以上に気に入った!写真はSarandeという町とその周辺で撮影したもの。

ギリシャとの国境からSarandeへの道中はアップダウンやワインディングが楽しめて、とんでもなくキレイな水を生む神秘的な泉、BLUE EYEもある。

天気よし景色よし道たのし、いや〜いいじゃんアルバニア!しかし、良いことばかりそう長くは続かないものだ。注意力散漫になってしまっていたのだろう、緩やかな下り坂の右コーナーでコケてしまった。

良くないのは承知しているが、ブレーキパッドの消耗スピードの関係で、旅の途中からリアブレーキは本当に必要な時以外使わないようにしている。荷物もあって後ろが重いので、フロントと比較にならないぐらい早くリアパッドが減りまくるからだ。またタイヤの減りも同じで、リアは早々に死んでカザフスタンで一回交換したが、フロントはユーラシア横断まで待つかも?と無交換、しかしもう限界は近い。ライディングに集中していれば、進入スピードとコーナー角度と下り坂とタイヤ状況を考慮し、リアブレーキも使ってクリアしたはずだったが、フロントのみで行ってしまった。しかも、コーナーに入ってから少し先の対抗車線の車の存在に気付き、膨らまないようにと途中でよりブレーキを強めバイクを寝かせた結果、一瞬でフロントタイヤから滑った。バイクごと対抗車線まで流れたが、幸いにも車の手前で停まって体もバイクも無事、しかし大切なライディングウェアが破けてしまった。

こんなこともあろうかと日本から針と糸を持ってきていたので、補修する。右膝部分が10cmぐらい縦に裂けたズボンは(足はプロテクターのおかげで無傷)縫い合わせ、小さな穴で済んだジャケットの袖はアルバニア国旗のパッチを縫い付けて塞いだ。

カッコいい国旗のデザインでよかった。アルバニアでやっちまったことを忘れないために!

17-22 November in Greece

トルコ⇆ギリシャのボーダーでは、双方とも面倒な質問や荷物チェックなど一切なく、速攻でパスポートにスタンプをくれた。ここがアジアとヨーロッパ間の一つの関所だと勝手に思っていたので、意外だった。ただし、ヨーロッパ内を走るには『Green Card』なる自賠責保険(人身事故の時に被害者を守るための保険)に入らなければならず、ギリシャ入国時にそれを買う。ここでは1ヶ月間有効で100ユーロのものしか選択肢は無く、途中で切れてしまうので後々どこか保険会社を探してで再加入せねば。

ギリシャのターゲットはアテネのみに絞り、ハイライトのパルテノン神殿@アクロポリスの丘と、オリンピックの聖地へ行った。

パルテノン神殿があるアクロポリスでは、神の存在について意識させられた。

それまでスッキリと晴れていたはずの空が、登っていくにつれて風が強くなり、丘の上では様々な色の雲に囲まれて虹も見たせいもある。

怒る人もいるだろうが、信仰心は人それぞれなので。俺は神の存在を信じていない。神が人をつくったんじゃなくて、人が神をつくったと思っている。でも、完全なる唯物論者や科学主義者でもない。神でも他のものでも、何かを強く信じる人の心がつくり出す、物の理を超えた大きなパワーはあると信じている。真実や答えに執着せずこれぐらいのゆるさで、”どっちもアリ”みたいなあんばいが自分にはちょうどシックリくるのだ。

続いて、パルテノン神殿からオリンピックスタジアムの間にあるゼウス神殿。もともとパルテノン神殿よりも大きかったが、柱や乗っかってた部分がゴート族によって壊されて今はこんな感じ。

これは敷地のすぐ横にある門

そして〜!なんと紀元前6世紀に陸上トラックが造られた(総大理石の観客席は紀元後144年に追加で建造)、競技場の聖地Panathenaic studium。スポーツ大好きな俺には正直こっちの方が行けて感動したー!!

観客席の下からミュージムの中へ。

各大会のポスターとトーチ(昔はない)が見れる。近代オリンピック第一回1896年大会のポスター

こちらは1900年の第二回大会

年代と国によるデザインの違いがおもしろい。

そしてこの日この聖地にて、一人のアスリートによる偉大なる世界記録が生まれるはずだったが、誰もタイムを計ってかった、むしろ観てもなかったので生まれなかった〜、、!

ギリシャを出たあとは、美しいエーゲ海沿いを走った。いつかまた来れたら、今度はのんびり島巡りでもしたいな〜。

Turkey’s big memory #4 @Istanbul days

12 November

(前回のキックスターターの回より時間的に前の出来事です)

日本を旅立ってちょうど3ヶ月目のこの日、ボスポラス海峡を渡って、アジアと別れヨーロッパと出会った。

イスタンブールには、14年前21歳の時にピースボートで来たことがある。その時はちょうど3ヶ月間船に乗り、地球を一周したが、同じ時間を使って今回はアジアが終わっただけ。これは進化か?退化か?とちょっと笑ってしまったが、同じ場所に今度は自力で来たと思うと、海峡を前に胸が熱くなった。

橋を渡った時のムービーが撮れてなかった(マラソンの通行規制で超渋滞してたから撮れててもつまらない映像だったと思う)ため、これは違う日に橋ではなくてトンネルで海峡をくぐったムービー。

イスタンブールなら日本人がやってる宿がありそうだと調べ、Agora Guesthouseという宿へ行く。あいにく日本人経営者はもういなかったが、多くの日本人が宿泊していて(6日間の滞在で計16人の日本人と会った)日本語を話しまくり、ちょっと日本に帰ったようなな気分だった!その中で、特に印象的だった二つの出会いを書く。

★☆世界一周中の日本人ライダー國枝資文(くにえだもとふみ)さん☆★

ウラジオストクを出発して以来初、ついに日本人ライダーと会えたー!!

元YAMAHA社員の國枝さんは、世界一周を目指して6月に日本を旅立ち、ユーラシア横断を終えてヨーロッパを走り回り、トルコからエジプトに渡って東アフリカの縦断に挑むところだった。 同じヤマハのエンデューロタイプマシン、年齢も一コ違いと、すごく近い仲間ができた感じで嬉しく、お互いの旅やバイクについて語りまくった。何よりも、ヨーロッパのライダー含めて多くの人が避けて通るアフリカに、しかもコースは違えど同じ縦断にチャレンジする点で、戦友を得た気分で嬉しかったー!お互いの健闘を祈る!

★☆18歳のワールドトラベラー伊藤玲央(いとうれお)くん☆★

「どんな旅してるの?」の質問に、『15歳からバックパッカーしてます。20歳までに目標は91ヵ国です、日本は4周してます』という返事!学校の勉強よりも旅の体験を選び高校を中退、ネット販売や旅先でも写真やカラアゲを売って稼ぎながら旅に生きる、ガッツある若者だ。歳は倍近く違うが何となく波長が合うのか、宿にいた6日間ほとんど一緒に過ごした。その中で一軒の犯罪酒場(いわゆるボッタクリバー)の被害に遭ったが、金を取り返し店を潰すという一生の思い出も作った!玲央が隠し撮った動画によって警察は店員総逮捕に踏み切った。東京オリンピックの2020年に大きな挑戦をしたくてシーカヤックで日本縦断する気で、おもしろそうだから俺も一緒にやらせて!と伝えると、いいっすよ!!と言ってくれた。帰国後の新たな目標ができて嬉しい!

イスタンブールは、宿から歩いてすぐのブルーモスクとアヤソフィアしか観光していないが、この二人をはじめAgora Guesthouseで出会った人達と過ごした時間は最高の思い出だ!

ブルーモスクの中①

ブルーモスクの中①

ブルーモスクの中②

向かいに見えるアヤソフィア

Turkey’s big memory #2 @Maltepe in Istanbul

11 November

イスタンブール中心部から20kmほど東にある町Maltepeの、TUNAというヤマハのディーラーに立ち寄った。(詳細は次回書きます)この日は挨拶だけにして、日も暮れたので宿を探す。

近くにあったBossuite Hotel Maltepeに値段を聞こうと入るが、レセプションに誰もいない。ほどなく階段をダッシュで駆け上がる足音が聞こえ、髭ヅラの兄ちゃんが現れた。

「なに!?ジャッパァァァァーーー〜ン!!!からバイクかよ!よし、お前の旅に金が必要なのはわかってる!俺のホテルは高いから、スタッフ用のベッドならタダで泊まっていいぜ!!」

ハイテンションなこのErkan(エルカン、真ん中)という男はホテルのオーナーで、軽い夕食まで出してくれ、その後友人のアルパイ(左)とファティー(右)がやってきて一緒に飲んだ。

彼らといろんな話をしたが、その中でも印象的だったエルカンの発言を2つ書く。

「俺たちは、イシット(イスラム過激派のこと)を許さない。奴らはイスラム教徒じゃない、単なるテロリストだ。本当のイスラム教徒は絶対に人を殺さない、俺は絶対にしない。たとえ俺が満腹でも、目の前のお前が腹を空かせていたら、俺は悲しいんだ。俺が満腹でお前も満腹だったら、俺は幸せだ。だから食事も寝床もあげよう、この二日間キャンプで過ごしたお前は寒かったはずだから。」

「今からアルパイってヤツが来るから、来たら握手を求めながら満面の笑顔で、『アルパイ!セレン アムナ クイム!!』(自分なりの聞き取り、実際の発音はもっと複雑なはず)って言ってやってくれ!きっと大喜びするぜ、大丈夫、超おもしろいヤツだから!!」

→言葉の意味は、『アルパイ、F◯ck you!!』って意味だったらしく、アルパイの反応は微妙だった。その後しばらくエルカンとアルパイは軽く言い争っていたような感じに見えた。

ホテルの地下管理人室で爆音ミュージックを流しながら(絶対客室まで音聞こえてたはず)3時頃まで飲み、最終的に客室で寝かせてくれて、朝食まで付けてくれた。

彼らは見た目はイカツイがハートは熱かったし、優しかった。エルカンとファティーは二つのホテルを共同経営していて、その二人よりもアルパイはもっとリッチマンだという。

やはり、バカとマジメ両方を兼ね備えている人は本当におもしろい。彼らと過ごした時間は強烈に楽しい思い出となった、Thanks a lot,Erkan!!