9/10-11 モンゴルを横断して再びロシアへ

9/10、モンゴル西部の町Khovdから、最西部の町Ulgiiまでの道のりは、夏でも雪が残る山も見える標高の高いダートで、わかりやすい道が多かったが空気が薄いためバイクのパワーが落ち、結構タフだった。

かつてチンギスハーンが、世界に名だたるモンゴル帝国を築いてから約900年。

いまだに国をつなぐ道路が未完成なことを体感し、モンゴルという国の実情を学ぶ。彼らにとってはこれが道路かもしれないが、事実西へと進むにつれて車の数は激減していき、Bayankhongor以西で旅ライダーは一人も見なかった、たまたまだろうけど。

UlgiiではBlue Wolf Ger Campというところに泊まったが、隣接するレストランで夕食をとっていると突然生演奏が始まり、ラッキーだった。多分隣のテーブルのお金持ちそうな客が頼んだっぽい。

(携帯で撮ったので画質や音が悪くてすいません)

9/11朝起きると、隣のベッドでネコが寝ていた笑 ドアは閉めていたので、ゲルのどこかの隙間から暖を求めて入ってきたのだろう。犬はよく見るが、ネコは珍しいのでそのまま寝かせてあげた。

この街に住む、ウランバートルでお世話になった大島さんの友人のチンゾリックさん、通称チンゾーさん(面白い名前だけど、バイクや車で世界中を旅し、今はバイクやランクルのレンタル会社を経営、ゲストハウスも新規でオープンさせるやり手の実業家)と会い、冬用にほしかったキャメルとヤクのタイツを売っているお店に連れて行ってもらい、ゲットできた。また、「道端で腹が減った時はこれが最高だ、オーガニックで体にもいいぜ!」と馬肉のスモーク?のようなものと、「ロシアで金目当てでイチャモンをつけるポリスに停められたらこれを渡せ!奴らは金よりウォッカが好きだぜ!」とウォッカの小瓶三本を買ってくれた。あと、「カザフスタンにライダー仲間がいるから、困ったら俺に連絡をくれ!」と言ってくれた。感謝!!

ロシア国境前の町、ツァガンノールではバタルという男に呼び止められて「いま行ってもティータイムで閉まってるから、お前も俺ん家でチャイを飲んでいきな!」とひと休み。

国境越えの手続きはやはり面倒くさかったが、無事ロシアへ再入国、ボーダーを越えてすぐ同じTT-R、しかも同じACERBIS製のビッグタンクを装着したイギリス人ライダーのダニエルとすれ違い、冷たい雨が降っていたが二人で大喜びをした!(写真を撮ったのになぜだかデータが消えてる、残念)

最後の最後までいろんな出来事があったモンゴルよ、ありがとう!!

9/5〜9 モンゴル後半の総集編

ロシアの途中から全開にするとボコつくキャブレターを掃除して、好天を待ってウランバートルからリスタートしたのは、9/5㈫の夕方だった。キャブはメインジェットの穴近くに、小さな使い捨てウエスのような物体を発見。多分俺が日本でOHした時の忘れ物だ。。

しかも火曜の昼に「さぁ行くぜ!」と思ったらオーバーフローしている。。また外して開けるとバルブシートOリングが切れていた。スペアは無い。。結局、大島さんがレンタル用に数多く保有しているバイクの中からセローのOリングを外して移植し、復活した!大島さん、最後までお世話になりっぱなしで本当にすいません。そして心からありがとうございす!

その日は西へ走れるだけ走りタイムアップ、潰れたガソリンスタンドの建物の裏に隠れてのキャンプとなった。遠くに見えるゲルに住む遊牧民の少年が馬でやってきてテントの設営と撤収を手伝ってくれたのはいい思い出だ。朝は彼にコーヒーとクッキーをあげて一緒に朝食をとり、彼が住むゲルを見せてもらってからスタートした。

道中でJohnというアメリカ人ライダーに会う。ヨーロッパやアジアのライダーとは会ってきたが、アメリカは初だった。彼は最初(どこからかは忘れてしまった)自転車でスタートし、モンゴルでヤマハの125ccバイクを買ってからバイク旅にスイッチしたらしい。途中一緒に走ったりしながら、Bayankhongorまで行った。

よく朝Bayankhongorから西へ1kmほど進むと道路が無くなり、最初どっちへ進めばいいのかわからなかった。

ここから約250kmは、方角とタイヤ痕、時には家畜の足跡が作った道を頼りに進む旅となった。

スマホの地図ではA0303というハッキリした道になっているが、そんな道は無かったので注意。工事中の道があったので、何年か後にはつながるのだろう。

丘を下った先がフカフカの砂になっていてフロントをとられたり、一度現れた走りやすい固い場所で深い溝にタイヤがはまったりして二回転倒したが、バイクも体も無事だったのは良かった。

Bayankhongorで給油を忘れた俺は、まさか突然このような道になるとは思わなかったから、何もない荒野に延々と伸びる道を進んでいくにつれて、ガソリンの心配しか頭に無くなった。ラフな道なので燃費は落ちるから、計算すると次のガソリンスタンドまでもたない。。こうなったら車をつかまえてガソリンをもらうしかない、と思うもたまに通る車は工事関係車両=ディーゼル車ばかりだ。ヤバイク!と焦りながら祈るような気持ちで進み続けると、5〜6のゲルからなる小さな小さな集落が見えてきた。ここかしかない!と思い目に入った男女に近づき、タンクを指差して「No benzine!」(ベンジン=ガソリン)と最高の困り顔で伝えた。男がタンクを覗き込み、「こりゃ足りねぇなぁ」的なリアクションをくれた。それは俺も知っている!だからガソリンを買うから車やバイクから入れてくれ的なジェスチャーをすると、できないという反応が返ってきた。そして女性が、一時間半程厳しい道と格闘してきたBayankhongorまで戻って給油しなさいと言う。。それも最終選択肢として考えていたが、できればやりたく無いんだ。。

ガソリン買わせて!→できない、戻れ!

のやり取りが10分ぐらい続いただろうか、、こりゃ無理かなと諦めかけた時、別の男性がやってきて、どうしたんだ?と話を聞き、何かを言った。野次馬だろうな、、と思った次の瞬間、女性から「ガソリンを入れてあげるよ」的なリアクションが!どうやら第三の男は集落の権力者だったようで、困った旅人にガソリンを売る許可を彼らにあげたのだった、、!それだけここではガソリンは貴重ということなのだろう。厳重な鍵のかかった倉庫の中に入り、洗面台の下のスペースに隠してある2Lコーラのペットボトルに入ったガソリンを念のため6L、リッター110円=街よりも40円ほど高い金額だったが購入し、難を逃れたのだった。

この日は動物も人もやって来ない原野でキャンプをして、翌日8日の午後にこの補給が難しいエリアを脱し、Altaiという町へと辿り着いた。9日は野生のラクダが沢山いるGobi Altaiエリアを走り、Khovdという町まで進んだ。今日10日はロシアの国境に近いUlgiiという町まで進むが、また道は無く形跡をたどりながら走ることになる。

9/9 at GOBI ALTAI AREA

火曜日の夕方にウランバートルを離れ、今日はこれからAltaiという街を出発します。

電波が無いところが多く、道も悪かったため余裕がなくアップできてませんが、いろいろな出来事があったので追ってモンゴル後半総集編としてまとめて書きます。

モンゴルも終わりが見えてきました!

9/3 今日もMONGOLIA!

火曜日に着いたから、今日でウランバートル6日目を迎えている。すごく居心地がいいので、ついついゆっくりのんびり。。

まず、OASISというゲストハウスに3泊した。ここはライダーやキャンピングカーの旅人の間では有名らしく、毎日様々な国の人々がやって来ては出て行き、たくさん情報交換ができる。

普通の部屋かモンゴル名物ゲルか選べる

ユーラシア大陸のほぼ全ての国を走る旅をしているフランス人家族

すごくいい感じのDEFENDER!

ドイツのIFAというメーカーの、バカでっかい走るログハウス!

味戸(あじと)さんという日本人が営む、FORTEC GARAGEが隣接していることも、バイクや車が多い理由だろう。俺もマフラーに接触し続けて溶けた右サイドカバーの修復や、少しだけ漏れているオイルの対策、その他全体的なチェックをしてもらい、この先入手が難しそうなケミカル類を購入できた。

頼れる味戸さんはモンゴルを旅するマシンの強い味方だ!

おとといからは一泊二日で、知人の遠藤さん、車を運転してくれているピレ君、ウランウデで会ったアルフォンソさん、OASISで会ったLeeさん(韓国からヨーロッパを一年以上周って帰路の途中)と一緒に、五人でピレ君のお兄さんが住むエルデネ村に遊びに行った。

道中、名物の超巨大チンギスハーン像と遭遇。

遠藤さんが所有するバギーと共に、草原の中へ。

パリダカ出場者のアルフォンソさんも「俺も乗りてぇ!」とLeeさんのバイクに乗り、追走しました。

温かく迎えてくれたピレ兄宅のホームステイもまさにOASISで、最高の思い出ができました!

昨日今日は遠藤さんの家にお世話になり、明日からウランバートルを離れて西へと向かう旅を再開予定です!

8/29 Mongolia!

昨日、ロシアからモンゴルへと入り、首都ウラバートルへ着きました!

モンゴルにはそこかしこに馬、牛、羊がいて、生命溢れる優しい大地に感じた。ただ一年の多くは凍えるほど寒くなるので、この時期だからだろう。

知人の大島博行さん(モンゴルで初めて日本人バイクツアーを手がけ、仕組みを作った方)、

遠藤信孝さん(かつて開催されていた、一生に一度しか出場できないサバイバルのオリンピック「CAMEL TROPHY」出場経験者)

とウランバートルの手前の道路上で無事合流できた!当初の約束よりも2時間以上遅れ、最後に連絡できたのが400km近く離れたロシア国境だったのに、さすがだ!

(感動の再会シーン)

この日は二人にお寿司と日本料理をご馳走になり、最高におしいかった!!ありがとうございました!!

以下、初めてやったバイクでの国境通過について、あくまでこの二国間の場合だろうけど備忘録も含め書く。

出国するロシアは、

全ての荷物チェック⇒

パスポートおよびバイク輸入時の書類チェック⇒

出国スタンプ

と順路も明確で計30分ほどだった。

しかし入国となるモンゴルは、役人は俺のことを眺めているだけで何をどのようにすればいいのかサッパリわからず右往左往、周りの親切なトラックドライバー達が助けてくれた。★を付けたものがスルーした手続きで、教えてもらってできたもの。

パスポートとおよびバイクのパスポート(登録証書という)チェック⇒

入国税?らしきTaxの支払い(200円ほど、ウロウロしていた女性がいきなり「Pay money」と言って近づいてきた笑)⇒

入国スタンプおよび荷物チェック(空港とかでよくあるベルトコンベアーに通すやつ)および★多分荷物チェックオッケーの長細い紙にスタンプをもらう(バイクに積んだ荷物は持っていかなかった)⇒

★↑と同じ長細い紙によくわからない部屋でよくわからない意味のスタンプ⇒

★積み荷のチェック(※拒否して通過できた)⇒

···ここまで1時間以上かかっていた。よし、全て終わったぜ!と思っていたら、最後の最後に「バイクの荷物のチェックはしましたか?建物内に運んで機械に通しなさい」と言われた。やってないことを見ていたはずなのに、最後にやり直しだ的な感じで言われたので、役人を敵にまわしてはダメだと分かっていたけれども拒否した。荷物を一回ほどいて、建物内に運び、機械を通過してまた持ち戻り、積み直すのは大変だったから。。しかも俺は、この役人が俺の書類を別の人に渡し、俺に違う人のを渡して俺が気付き突っ込んでいた(もし俺の書類を持ったその人がその場を去ってしまっていたらとても面倒くさい事態になっていただろう)ので、俺に対して少しだけ恩を感じていたのかも知れない。また、常連さんらしきドライバー達は積み荷ノーチェックでスルーしていたのを見ていたので、それを指摘したのもあるかもしれない。「これは私の仕事なんだ」とも言われたが、危険物は無いと伝えて渋々ノーチェックでオッケーとった。

最後に、国境出口でのパスポートチェックおよび長細い紙のチェックで、おしまい。

とても大変に感じたが、これから何十回ものボーダーが待っている。大島さん達との合流の約束に既に間に合わずこれ以上タイムロスをしたくなかったのもあったが、国境で要求された手続きを拒否してしまった自らの稚拙な心と行為を深く反省した。もっと、Take it easyにならなれければならない。